かきのたね

“柿野家の一人娘実子ちゃんは、叔父さんが拾ってきた迷い犬を飼うことになりました。タネと名付けて可愛がっているその犬、実は犬に変身した宇宙人だったのです”――決まってこの冒頭文からはじまる一話完結型の連作マンガ。
普通の家庭に異分子が入り込む藤子不二雄マンガのような設定と、均一な線で構築された安定した絵柄は、どこかで読んだことがあるかのような懐かしさを感じさせる。設定と絵柄に斬新さはない一方で、登場人物の表情、会話のかけあいとコマ間の時間感覚がとてもセンス良く丁寧に描かれていており、心地よく読める。
さらさらっと描いているように見せて読者の肩の力を入れさせないながらも、最後の方ではちょっとしたメッセージ性も含まれており、心憎い演出でもある。読めば日常が愛おしくなるはず。

文=本多正徳
1980年、広島生まれ。専門出版社勤務。マンガナイトではすっかりイジラれ担当になってしまった最近(!?)。男子校の寮でマンガの面白さに目覚めました。好きなジャンルはガロ系とヘタウマ系。藤子不二雄やつげ義春、水木しげるなどの古典的ナンバーも得意。心のマンガは『ダンドリくん(泉昌之)』『サルでも描けるまんが教室(相原コージ、竹熊健太郎)』でしょうか… ほかの趣味は読書、囲碁・将棋と悲しいほどのインドア派。ウェブサイト/グッズ制作を担当。

十年後、街のどこかで偶然に

究極の1対1の人間関係といえるのが恋愛。その恋愛を「あえて踏み出すもの」にしてしまった20代が、自分の殻を破って新たな人間関係に築いていく姿を描いた短編集。恋愛というテーマを通じて、「いくつになっても殻は破れる」という普遍的なメッセージを訴える。
登場人物らはみな、10代での失敗を心に抱え、社会人になってからの恋愛に踏み出すことをためらっている状態。20代になり、ある程度「自分」というものが固まってしまうからこそ、「この人は自分の相手をしてくれるのか」と考え込んでしまっている。そんな彼らは「それでも」と踏ん張り、自分なりに思いを伝えあい、それぞれの人間関係を作っていこうとする。年を経て、「思いの伝え方」を学習したのも大きいように思える。短編を通じたメッセージは「大人になっても殻は破れるし、破った後には意外といい世界が広がっている」というもの。これは案外「恋愛」に限らないのかもしれない。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

Loved Circus

男性同士の恋愛を描く「ボーイズラブ(BL)」。特殊な題材ゆえに外からは注目を浴びにくいジャンルではありますが、この分野には時々、「BL」の一言では形容しづらい個性的な作品が現れることも。こちらも、そんなBLレーベル発の一風変わったマンガです。
主人公は、いろいろあって人生に絶望していた平凡なサラリーマン・ケイ。流されやすい性格の彼がゲイ専門の風俗店「サーカス」で働くことになってしまうところから、物語はスタート。3人の個性的な同僚と「サーカス」での日々を過ごす中で、ケイ自身や周囲に起きていく変化が描かれます。
面白いのは、「男性キャラクターを個性豊かに、魅力的に、そして色気を交えて描く」というBLらしい技法が駆使されていながら、展開されるストーリーには、実はBL的・恋愛的要素が薄いところ。「ゲイ専門の風俗店」という舞台、登場人物たちの関係性にその「香り」は漂っているものの、全体を見れば、これはあくまで「サーカス」という場に身を置き人生の一部を共有した男たちの人間ドラマ。そのギャップが、不思議な読後感につながります。
「マンガは好き、でもBLはちょっと…」という人にも、是非おすすめしたい一作です。

文=鈴木史恵
1986年2月生まれ、千葉県出身。おもちゃメーカー勤務を経て編集・執筆業へ。マンガ好きとしての原点は物心つく以前から触れてきた手塚治虫と藤子・F・不二雄。24年組、80年代ニューウェーブ、ガロ系、それらの系譜にある青年マンガを中心に、面白そうなものは何でも読みます。マンガ以外の趣味は好きなバンドのライブや映画鑑賞など。

SHERLOCK 大いなるゲーム

マルチメディア展開の一環で、映像作品がマンガ化されたとき、スピード感や迫力に欠け、がっかりすることも少なくない。しかし、英BBCのドラマ「SHELOCK」をマンガ化した「SHERLOCK 大いなるゲーム」は、ドラマの言葉遊びを絶妙な台詞回しで、スピード感を自由自在なコマ割りで再現し、ミステリーマンガとして完成させた。お互いを理解し合った、名探偵ホームズと、助手のワトソンのコンビのやりとりも楽しい。
物語は、ホームズ・ワトソンのコンビと、ホームズの宿敵、モリアーティの対決を中心に進む。基になったドラマは、探偵小説の傑作の一つ、「シャーロック・ホームズシリーズ」の舞台を現代に翻案したもの。ホームズらはスマートフォンを操り、ワトソンは事件録をブログで発表、捜査では最新の科学技術を駆使している。しかし、それでも崩れないのが「ホームズの世界」。謎を見抜き、鋭く指摘するホームズの姿はコナン・ドイル氏の描いたホームズそのもの。ドラマを見てから読んでも、ドラマを見る前に読んでも、どちらでも楽しめる作品だ。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

塩田先生と雨井ちゃん

pixivで投稿されていたマンガが待望の単行本となって登場しました! 昔から少女漫画のテーマ「教師×女子高生」は古典のように愛されてきました。しかし、だんだんと過激になったり、性格の設定をひねってみたりと、変わり種が増えてきた昨今。そんな中「塩田先生と雨井ちゃん」は、少し昔ながらの絵柄で、王道を突き進んでくれます! 話の内容は塩田先生と女子高生の雨井ちゃんが、ゆる~くいちゃいちゃする話です(過激ではないのもまた高ポイント)。基本的にコミカルなお話が多いですが、真剣なシーンでは思わずキュンとすること間違いなし! 「最近の少女漫画についていけない~」という方にも、ぜひ手に取ってほしい作品です。

文=松尾奈々絵
1992年生まれ。少女漫画から青年漫画まで好きです。趣味は野球観戦。

死者の書

本好きなら一度は挑戦する折口信夫氏の『死者の書』。これを『五色の舟』などで知られるマンガ家、近藤ようこ氏がコミック化した。折口氏の世界をマンガで垣間見ることができるありがたさはもちろん、近藤氏の線の力によって、現世とあの世の境界にいるものに対する畏怖の念をより強く感じられるようになっている。
舞台は、孝謙天皇の時代。仏の教えに魅せられた貴族の娘と、その娘を、死してなお恋い求める元皇子を中心に、現世とあの世の境目で揺れる人々の姿が描かれる。読者は、彼らがどこへいくのか、と常に不安を感じながら読まざるをえない。
原作に比べて言葉が省略されたマンガでありながら、この境界線上の世界を読者が感じられるのは、近藤氏の線の力によるところが大きい。近藤氏の手書きとみられるゆったりした線や、ホワイトインクで描かれる擬音語「した した」などの表現手法が幻想世界のイメージ化にぴったりと当てはまる。読み進めるにつれて、どこからともなく「こう」「こう」という音が頭の中に響き、読者は死者と生者が交わるぎりぎりの世界を感じることができる。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

いぬにほん印刷製版部

残業・社泊は当たり前の、ちょっとブラックな印刷会社を舞台にした業界マンガ。冷静に見ると過酷な環境でありながら、登場人物たちは努めて明るく前向きに働いているので、自分も頑張ろうという気持ちになれる。
絶え間なくトラブルに見舞われる一方で、淡々とした4コマ風のコマ割りと一定のテンポが、無限地獄のように終わらない日常を感じさせてちょっと怖い。振りかかる災難に、「紙の本が好き」という理由だけで立ち向かう健気な主人公や仲間たちには、いつか平穏が訪れてほしい!
読み終わったあと、カバーをめくった表紙にも2ページ分のマンガを発見した時は、得をした気分になった。あと、このマンガを刷った印刷所の人は内容を読んだのか、そしてどのような感想を持ったのかが少し気になる。

文=本多正徳
1980年、広島生まれ。専門出版社勤務。マンガナイトではすっかりイジラれ担当になってしまった最近(!?)。男子校の寮でマンガの面白さに目覚めました。好きなジャンルはガロ系とヘタウマ系。藤子不二雄やつげ義春、水木しげるなどの古典的ナンバーも得意。心のマンガは『ダンドリくん(泉昌之)』『サルでも描けるまんが教室(相原コージ、竹熊健太郎)』でしょうか… ほかの趣味は読書、囲碁・将棋と悲しいほどのインドア派。ウェブサイト/グッズ制作を担当。

翔んで埼玉

インターネット上でよくネタにされる埼玉県を遠慮なくディスっていて、差別表現大丈夫なの……?と心配になるレベル。
たとえば東京都民と埼玉県民は歩ける道が違う。飲食店で頼める注文メニューも違う。野望ある埼玉県民は都民に養子入りしたり、うまいこと潜り込まなければならない……。その中で都民と埼玉県民が出会い、恋に落ちてしまう、埼玉版『ロミオとジュリエット』。
コミックスは2015年に発売されたものの、なんと初出は1980年代の『花とゆめ』である。キラキラしたあの少女漫画誌に、こんなアブない作品が掲載されていたとはとても想像がつかない。時代は変わる。
差別撤廃をぶっ飛んだ作風で後押ししてるのか、逆にやや過敏になりがちな物事を風刺しているのか、そもそもノリだけの物語なのか、何度読んでもよくわからない。でも読んでしまう。そして繰り返していくうちに「どこに住んでるかとか格差とか、なんかどうでもよくなってくるな……」とふと思ったりする。
仕事や日常に疲れた時、ぼんやりとなにも考えずに読むと脱力できそう。
それがこの作品の力なのかもしれない……。

文=ユハラカナ
ユハラです。 ふだんはIT企業で働いてます。小説アニメ漫画短詩、なんでもいけます。ジャンル問わず嗜みますが、起承転結のない淡々とした物語を好む傾向があります。ほかには和の文化にも興味があります。座禅とか盆栽とか。ユパというあだ名がつきやすく、ユパ様と呼ばれがちですが、ただの一般人です。

Tシャツ日和

突然ですが質問です。Tシャツとはいったい何でしょうか。
頭からかぶって着用する襟のない丸首のシャツ。左右に広げた時にTの形に見える。下着でもあり、ファッションアイテムとしても定番。自己表現の手段として用いられることもある、などなど。多くの人にとって身近なものですが、実はけっこう奥深いものかもしれません。そんなTシャツが重要な役割を果たすマンガがこの「Tシャツ日和」です。
戦闘服としてTシャツを身にまとう漫画家のエピソードに始まり、物語は宇宙へ行ったり、庵野秀明監督が出てきたり、いわしが大漁だったりするオムニバス。え?意味がわからない?気になった人はぜひ本の中へ。
マンガ、音楽、映画(特に単館系)、アニメのどれか一つでも好きな人には刺さると確信しています。もちろん、Tシャツ好きな人は言わずもがな。
今なら作者オリジナルTシャツとアストロ球団Tシャツプレゼントに応募できますよ!!(2016年3月31日まで、当日消印有効)

文=kuu
マンガナイトではイベントのお手伝いと、執筆ちらほら。90年前後のなかよし、りぼんなどの影響をやや強く受けてますが、いろいろ読みます。好きな漫画家は、羽海野チカ、佐原ミズ。展覧会と舞台、可愛くて面白いものに心惹かれます。お茶とおいしいものにも。

月は囁く

探偵漫画が数多く存在する中、“顔の表情”を分析して事件を解決する新手の探偵が現れた。
「月は囁く」は、天才心理学者の美少女・月(ユエ)が、刑事である義兄の陽一と事件を解き明かしていく作品。
その推理の術は、人の容貌・骨格から心理を判断する中国の学問「観相」だ。
容疑者に質問を投げかけ視線から嘘を見抜いたり、眉間の色合いから犯人の目星をつけたり。「48種の表情筋の組み合わせが真実を語るんだ」と、観相の科学的知識に基づいてユエは捜査を圧倒的有利に進めていく。
江戸川コナンでも金田一一でも踏めないプロセスと、スピード感が新感覚。飲み会や面接など実際の生活で試してみたくなる、観相の入門書としても最適だ。

文=黒木貴啓
1988年生、鹿児島出身、東京在住のライター。マンガナイトでは執筆を担当してます。ロックンロール、もしくは仮面が題材の漫画を収集&研究中。大橋裕之「音楽と漫画」、榎屋克優「日々ロック」、そして何よりハロルド作石「BECK」……日本人が成したことないロックの魔法を漫画のキャラが見せてくれるところに、希望を感じてしまいます。

サユリ 完全版

父の念願のマイホーム。父、母、姉、弟、則雄の5人家族に、離れて暮らしていた祖父母も加わり、一家7人での温かな生活が始まる。でも、そこにはサユリがいた。1人また1人。幸せな家族のピースは、あっけなく、一瞬で、欠ける。
ホラーと名のつくもの全てを避け続け、大人になってしまいました。手に入れてから読むまでに3週間ほどびくびく。意を決して真昼間に手を出す。怖い。こんな怪しげな家買うなよ、いいから早く引っ越せよ…とぶつぶつ。何か起きると分かって読んでいるのに、絵の迫力で直に神経が揺さぶられる。ページをめくるだけで心臓に悪い。一家が一瞬でばらばらにされるあまりの理不尽さに読むのをやめたくなる。しかし、この作品は絶対に途中で投げ出してはいけません。後半からの怒涛の展開はもう目が離せない。読み手の予想は痛快に裏切られ、読み終えてからはしばし放心。全力疾走した後のような疲労感とちょっとした清々しさが身体に残る。
眠れない夜、ふと暗闇が怖くなるときにも「どう怖がらないか」ではなく「どう戦うか」と思考を切り替えさせてくれる一冊。

文=青柳拓真
1992年生。10代の多くをシンガポールで過ごす。何度も読み返してきた漫画は「ジョジョの奇妙な冒険」、「鈴木先生」、「それでも町は廻っている」、「三月のライオン」、「魔人探偵脳噛ネウロ」など。漫画の面白さって何なんだろう、「漫画」ってどう定義できるんだろう…とか色んな作品を読んで考えるのが楽しい。オールラウンドなマンガ読みを目指して最近は恐る恐る少女漫画に挑戦中。

親なるもの 断崖

強烈な印象を与えるバナー広告を、あなたも一度は目にしているのではないでしょうか? 電子コミック書店での配信が話題となり、初出から25年を経て紙媒体での新装版刊行に至った本作の舞台は、「鉄の街」として隆盛を誇った昭和初期の北海道・室蘭。飢饉にあえぐ青森の農村からこの土地の花街「幕西遊郭」に売られてきた4人の少女の、数奇な生涯を追っています。
ただでさえ公に語られることはめったにない世界を、ひたすら荒々しく、かつ厳然とした筆致で表現したこの作品。物語自体はフィクションということですが、綿密な取材と調査に基づき、歴史的事実を伝えることを大きな目的の一つとして描かれていることが、明確に見て取れます。
読後に重くのしかかるのが、主人公の一人・お梅の「せめて忘れないでいて欲しい 私のような女たちがいたことを」という独白。読むのに覚悟が要る、場面によっては目を背けたくなる、けれど、読んだことを決して後悔はしない――そんなマンガです。

文=鈴木史恵
1986年2月生まれ、千葉県出身。おもちゃメーカー勤務を経て編集・執筆業へ。マンガ好きとしての原点は物心つく以前から触れてきた手塚治虫と藤子・F・不二雄。24年組、80年代ニューウェーブ、ガロ系、それらの系譜にある青年マンガを中心に、面白そうなものは何でも読みます。マンガ以外の趣味は好きなバンドのライブや映画鑑賞など。

宇宙を駆けるよだか

「顔が良いほうが得をする。」誰もが一度は聞いたことがある言葉ではないだろうか。そして、性格に関係なく顔で物事は決まってしまうのかと疑問に思ったことはないだろうか。この漫画は大胆にもそのような疑問をテーマとし、読者それぞれ何かしらの答えが出せるようなラストとなっている。基本シリアスな雰囲気で物語は進んでいくが、絶妙なバランスで恋愛の要素もあり、気負わず読むことができた。繊細なタッチの画風に油断していると、人間の毒々しい感情の見事な描写に、ゾッとすることも多々あった。非常にテンポ良く進むので、一味違う少女漫画を読みたいときに気軽に読んでみては。

文=山口麻衣
1996年生、長野県出身。漫画のジャンルは特にこだわらずに読むが、中でも少女漫画をよく読む。少年漫画はバトル物でもスポーツ物でも、とにかく主人公が熱い性格なものが好き。「となりの怪物くん」「電撃デイジー」「ONE PIECE」「アイシールド21」は何度読み返したかわからない。マンガナイトに入り、読んだことのないジャンルの漫画をたくさん知り、漫画に対しての興味が尽きない毎日である。

鬼さん、どちら

頭に角が生えている「鬼」のいる世界。彼らは三千人にひとりの確率で生まれ、「先天性頭部突起症」と認定を受け暮らしていた。鬼でない者は鬼に様々な種類の偏見を持ち、鬼は「可哀想な者」扱いされる自身を縛っていく。何ひとつ超常的な力を持たない鬼たちの存在により、日常生活に潜む様々な負の感情が引っ張り出される。恐れによる思い込みや小さな優越感などの厄介さに、心当たりがある人も少なくはないだろう。簡単に解決しない問題から自由になるにはどうすればいいか。シリアスに、時に温かくその術を教えてくれる作品です。各話のタイトルも秀逸。

文=kuu
マンガナイトではイベントのお手伝いと、執筆ちらほら。90年前後のなかよし、りぼんなどの影響をやや強く受けてますが、いろいろ読みます。好きな漫画家は、羽海野チカ、佐原ミズ。展覧会と舞台、可愛くて面白いものに心惹かれます。お茶とおいしいものにも。

ヒナまつり

ヒナまつりは、ヤクザの新田さんと突如異世界から現れた謎の超能力少女ヒナを中心とするギャグマンガだ。といってもその実態は新田さんによるヒナのお世話日記。ヒナが引き起こす数多のトラブルにもへこたれず、ヤクザとしても出世していく「いい人」新田さんを思わず応援してしまう。新田さんとの共同生活を通しての「非常識人」ヒナの成長にも注目だ。クラスメート、組員、ヒナを捕まえに来た超能力少女たちと周囲を彩る面々も個性派ぞろい。癖の強いキャラクターたちが生み出すテンポの良い笑いは、何回読んでも噴き出さずにはいられない。くれぐれも電車の中では読まれませんよう。

文=青柳拓真
1992年生。10代の多くをシンガポールで過ごす。何度も読み返してきた漫画は「ジョジョの奇妙な冒険」、「鈴木先生」、「それでも町は廻っている」、「三月のライオン」、「魔人探偵脳噛ネウロ」など。漫画の面白さって何なんだろう、「漫画」ってどう定義できるんだろう…とか色んな作品を読んで考えるのが楽しい。オールラウンドなマンガ読みを目指して最近は恐る恐る少女漫画に挑戦中。

黒博物館 ゴースト アンド レディ

近代看護システムを作り上げたフロレンス・ナイチンゲールを中心に、己の意志で人生を作り上げるく人の姿を描く秀作。親の反対で、看護の道に進む覚悟が揺れていたフロレンス。だがゴーストのグレイがフロレンスの覚悟を揺らしていた「生霊」を殺すことで、で自分の意志を押し通し、満足する生を全うする。グレイが、生前なし遂げられなかった祝福の「something four」をフロレンスに与え、彼女が天に召されるシーンも感動的だ。
物語が描くのは「人の生き様を妨げるものは『やめておこう』と自分を殺す心。それを押さえ込んで生きてこそ満足な人生」という熱い主張。フロレンスの場合は、グレイが殺してくれたが、多くの人は自分で押さえつけるしかないーーそんなことを痛切に感じさせる。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

魔法自家発電

夢のあるタイトルと表紙にドキドキ。帯の「萩尾望都、絶賛」に期待する。そして本編を読む。できれば何度も読み返す。これがこの本の正しい取り扱い方だと思われます。現代っぽさと懐かしさが同居した絵のタッチとストーリーがじわじわしみてくること請け合い。日本が舞台の作品もありますが、洋画の雰囲気が好きな人に特におすすめします。紅茶とクッキーを用意して、くつろぎながら読みたい1冊。少しずつ風味の違う短編の5種盛りを、心ゆくまで味わってみて下さい。

文=kuu
マンガナイトではイベントのお手伝いと、執筆ちらほら。90年前後のなかよし、りぼんなどの影響をやや強く受けてますが、いろいろ読みます。好きな漫画家は、羽海野チカ、佐原ミズ。展覧会と舞台、可愛くて面白いものに心惹かれます。お茶とおいしいものにも。

わっちゃんはふうりん

複雑な環境のなか、しなやかに生きるキャラクターたちの人間らしさに、何度も読み返したくなる物語。主人公は問屋の若旦那である八衛と、その愛人と噂されるわっちゃん。そして八衛の異母弟である稲造。わっちゃんが稲造と徐々に距離を縮めていく話なのか、ととらえて読み進めていくと、最後には八衛と稲造の関係性のほうが印象に残っていた。恋愛や家族愛だけでなく、男同士の繊細な関係を読みたい人にとっても楽しめる作品かもしれない。「もっと素直になればいいのに……」と思う人間の不器用さや意固地な部分を愛おしく思える。

文=ユハラカナ
ユハラです。 ふだんはIT企業で働いてます。小説アニメ漫画短詩、なんでもいけます。ジャンル問わず嗜みますが、起承転結のない淡々とした物語を好む傾向があります。ほかには和の文化にも興味があります。座禅とか盆栽とか。ユパというあだ名がつきやすく、ユパ様と呼ばれがちですが、ただの一般人です。