本屋B&Bトークイベント「本屋で年越し」

12月31日(月)大晦日21:00〜24:00に本屋B&Bにて開催されるトークイベント「本屋で年越し」に、代表 山内康裕が出演します。詳細とお申し込みは下記リンクからお願いします。

マンガナイト×greenz.jpの新連載「マンガ×ソーシャルデザイン」開始!

【連載開始】マンガナイト×greenz.jpの新連載「マンガ×ソーシャルデザイン」が掲載されました。第一回『マンガ×ソーシャルデザイン=∞!「マンガナイト」山内康裕さんに聞く「マンガが社会のためにできること」』では、代表 山内康裕とgreenz.jp編集長 兼松佳宏氏の対談になります。次回は1月掲載の予定です。

kawamata
文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

男性の欲望も受け身の時代?

「出版不況」といわれるなかでもなお圧倒的に多数の発行部数をほこる「週刊少年ジャンプ」。一時、部数獲得のため女性読者を増やそうとしたが、再び少年向けを強化しようとしている。そのなかでも目立つのが、恋愛マンガ『ニセコイ』の躍進だ。一見男性好みのハーレムタイプにみえるが、よく読むと登場人物の男女は決して恋愛のためのコミュニケーションには踏み出していない。「世は歌につれ、歌は世につれ」というつもりはないが、多くの読者をあつめるこの作品はいまの少年の恋愛観を反映しているのだろうか。

『ニセコイ』は2011年連載開始。現在単行本で4巻まで発売されている。11月上旬に1周年を迎えた号ではみごと表紙と巻頭カラーを飾り、現在1巻は6刷りと、人気が伸びていることを示している。

話の展開は、気弱な男の子を様々なタイプの女の子が取り巻くハーレムタイプのラブコメだ。主人公、一条楽は実家がヤクザであることをかくして学校生活をおくる、気弱な少年。(暴力団を排除する法律ができたあと、この家はどうやって収入を得ているか気になる)親の約束で突如婚約者を持つことになり、ほのかに好意をよせるクラスメートとの間で揺れ動くことになる。

これまで「ジャンプ」に、恋愛を重視するマンガがなかったわけではない。

「ジャンプ」ではこれまでもいくつかの恋愛を重視するマンガを連載していた。古くは『きまぐれオレンジ★ロード』(まつもと泉)、『電影少女ービデオガールー』(桂正和)、『D・N・A2〜どこかでなくしたあいつのアイツ』(桂正和)。最近では『To LOVEる』(矢吹健太朗(漫画)・長谷見沙貴(脚本))など。ただ一定程度の熱狂的なファンを獲得するものの、かならずしもその都度ランキング上位にくるわけではなかった。歴代の連載作品のうち100話をこえたものは限られている。また、まったく恋愛マンガを掲載していなかった時期というのも存在するようだ。

一方でいま、『ニセコイ』が「ジャンプ」内でも幅広い人気を獲得しているのはなぜだろうか。「友情・努力・勝利」を雑誌のコンセプトとするジャンプで、物語の主軸が「恋愛」(=男性にとっては女性を得ること)におかれた作品に人気が集まるということは、男性が重きを置くことが、「友達との絆で努力して得られる勝利」よりも「女性」に移ったということができる。評論家のササキバラ・ゴウは『<美少女>の現代史』(講談社)で、「マンガの主人公の男の子は徐々に女の子のために戦ったり何かを目指したりするようになった」と指摘しているが、『ニセコイ』はまさに女性を獲得することが目標というテーマを世界の救済や敵への勝利が目的だったジャンプでも表現し始めたといえる。

この作品が、男性の「多くの女性からちやほやされたい」「女性から好意を寄せられたい」という欲望をストレートに表現していることもみのがせない。進化心理学の研究では、男性はより多くの女性の恋愛し、子孫を残そうとするといわれている。だからこそ、1970年代、人気を集めた作品『うる星やつら』(高橋留美子)で、諸星あたるは積極的に多くの女性にアプローチしていた。男性にとって女性にアプローチをすることは、男性性の証明でもあるようだ。

ひるがえって『ニセコイ』では、女性側がアプローチする。気弱なクラスメートが教室に呼び出したり、普段はつれない子がお祭りにいきたそうなそぶりをみせたり。これが少年向けのジャンプというレーベルで人気を集めているということは、現実の恋愛でも、多くの女性にとりあいされたい、できれば女性側からアプローチされるのが理想だと考えているようにみえる。

だが作品をよく読むと、男性側も女性側もそれぞれのアプローチは必ずしも相手に届いていないのだ。主人公の楽がほのかな思いを寄せる気弱なクラスメートは、実は主人公のことが好きなのに、楽はまったく気がついていない。その後の登場する女の子からも「こいつ、悪くないな」と思われているのに、楽本人は、「嫌われているだろうな」と思いこんでいる。誰も思いを伝えないため、話の展開上も失恋はせず、ずっと心地よい関係を続けている。

評論家の中島梓は「コミュニケーション不全症候群」のなかで「少女も少年も誰にでも好かれなくてはいけない、好かれることが価値であり愛されない人間は存在する事が許されないと刷り込みをされる」と指摘。さらに「一方通行の典型的な関係性こそがコミュニケーション不全症候群の本質」で「かつては当たり前と考えられていたような相互的な人間関係を築くことができなくなってしまった」と分析している。まさにこの作品に登場するキャラクターのやりとりを言い当てているように思えるのだ。

表面的には取り囲まれる女性にちやほやされつつ、コミュニケーションはすれ違うことでけして傷つくことはない——男性にとって気持ちのいい世界かもしれないが、これをよんでもクリスマスまでに恋人はできないような気がするのは私だけだろうか。

参考
『コミュニケーション不全症候群』(中島梓)
『<美少女>の現代史』(ササキバラ・ゴウ)
ブログ「アスまんが」

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

「TOKYO BOOK SCENE」で紹介されました

ブックカフェ、読書会、ブックイベントなど東京近郊のブックカルチャーを紹介する書籍「TOKYO BOOK SCENE」が11月28日に発売されました。
読書会のCHAPTERにて、マンガナイトの紹介と代表 山内康裕による特集「ブックコミュニティ運営のコツ A to Z」が掲載されています。
ぜひご覧ください。

連載コラム開始のお知らせ

【近日公開】Webマガジンgreenz.jpにて、マンガナイトの連載コラム「マンガ×ソーシャルデザイン」が始まります。
第1回は、greenz.jp編集長 兼松佳宏と、マンガナイト代表 山内康裕の対談になります。

マンガナイトトークイベント 2012年度マンガドラフト会議~書店員バトル~

日時
12/8(土)19:00(18:30開場)~21:30
会場
CafeASAN(2k540 AKI-OKA ARTISAN内/御徒町駅徒歩5分)
定員
30名程度
参加料
1,500円(事前予約)/2,000円(当日券)+1ドリンク
内容
(前半)2012年度マンガドラフト会議 (後半)2012~2013年マンガシーンの座談会

※ 前半部のみUST配信予定です。

本日(12月8日)19時〜20時20分UST配信予定!
(時間外にはツブヤ大学アーカイブを放映しています)
Video streaming by Ustream

トーク風景1トーク風景2

2012年も年末に近づき、今年のマンガ界の総決算として、「このマンガがすごい!」を皮切りに、今年を代表するマンガや今読むべきマンガは何かがわかるような、各種マンガランキングの発表が始まる季節になりました。

そこで、マンガナイトでは、各マンガランキングの選者など、マンガコーナーを担当するツワモノの書店員を呼び、2012年度のマンガランキングの予想バトル(トークイベント)を、野球のドラフト会議に見立てて行います!

近年定着してきた「このマンガがすごい!」「このマンガを読め!」「マンガ大賞」を対象に、各書店員が今年発売されたマンガ作品をドラフト指名していき、各自のランキング予測を作ります。そして、発表された各マンガランキングの予想と照らし合わせ、最も今年の流行を反映したラインナップを作ったのは誰か競い合います。

最後(来年3月)に発表される「マンガ大賞」の発表後に結果発表兼、各マンガランキングを振り返っての総括トークイベントも行う予定です。

後半は、今年のマンガ界の総括話や、来年のマンガ界の予測やこれから来るイチオシマンガの紹介など、書店の現場から、ここでしか聞けないような話をする座談会を行います。

※過去に行った2011年度ランキングトークの模様(ツブヤ大学ManGa講座 映像アーカイブより)
こちら

今回は、代表 山内康裕も電撃参戦。生粋の書店員とバトルに挑みます!
ぜひ、ご参加ください。


出演

三木雄太(往来堂書店/@ohraido_comic
1987年東京都生まれ佐賀県育ち。文京区千駄木の往来堂書店に大学在学時から勤務をはじめて6年。昼はIT企業に勤め、夜だけ書店員の二重生活。通勤の行き来で雑誌を読むのが楽しみ。2011年度は「このマンガを読め!」と「マンガ大賞」に寄稿。コミック担当書店員のチーム・コミタン!@comitansも活動中。
石田真悟(あおい書店横浜店)
1986年生まれ。あおい書店横浜店にてコミック、ライトノベル等を担当。アルバイトとして書店に入り、2012年で書店員生活7年目。
太田和成(あゆみBOOKS五反田店)
1984年生まれ。あゆみBOOKS平和台店→早稲田店→五反田店、共にコミック担当。アルバイトから合わせると書店員歴8年。2012年は「このマンガがすごい!」(宝島社),「このマンガを読め」(フリースタイル)にランキングを寄稿。
山内康裕(マンガナイト代表)
1979年、東京生まれ。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成。マンガとの出会いやマンガで人がつながる状況を作ることを目的に、各種ワークショップイベントやトークイベントの企画・運営、書店・カフェでの選書、プロダクト開発・販売、執筆活動を行っている。2011年度、2012年度ともに「このマンガがすごい!(宝島社)」へ選書協力。

司会・進行

芹田治(エコーズ株式会社 代表取締役社長)
1985年、横浜生まれ。2012年、漫画とインターネットの会社、エコーズを創業。企業向けの広告漫画の制作やWEB制作・マーケティング事業を営みながら、WEB漫画をもっと読みやすく楽しめるWEB漫画投稿サービスを開発中。社名の由来は某漫画のキャラクター。

アートとして、もしくは逆輸入としての受容のされかた

695-pc-main書店の文庫棚へ行くと、文庫の表紙に「マンガ絵」が多く使われるようになったと感じる。

2008年に集英社が『こころ』(夏目漱石)、『地獄変』(芥川龍之介)や、『堕落論』(坂口安吾)など名作文学の表紙に小畑健、久保帯人ら人気漫画家を起用したことは記憶に新しい。
それまでになかった読者層を獲得し、当時は大きな反響を呼んだマンガ絵の表紙だが、今はそう珍しいものでもなくなった。

 

695-nakamen1(左)『こころ』夏目漱石/装画:小畑健/集英社文庫
(右)『地獄変』芥川龍之介/装画:久保帯人/集英社文庫

マンガ絵を採用した表紙について少し遡ると、手塚治虫が表紙・挿絵を担当した『イリヤ・ムウロメツ』(筒井康隆/講談社)が1985年に発売されている。

さらなる原型をさぐってみるなら、1954年に創刊された少女マンガ雑誌『なかよし』がそれに当たるのではないだろうか。
当時の『なかよし』はマンガだけでなく、少女のための読み物ページも充実させていた。ここに力添えしていたのがイラストレーターだ。
だが、当時はイラストレーターと漫画家という明確な区分はここにはなく、「依頼があればどちらもやる」というスタンス。小説の表紙・挿絵を描いていた者が、傍らでマンガも描いていたのだ。
現代の「マンガ絵表紙」の原型をここに垣間みることができる。

また、マンガ絵の表紙が増えた背景には、海外からの高い評価の逆輸入の影響が考えられる。

そのさきがけは、荒木飛呂彦によるアメリカの生物科学誌『Cell』の表紙だ。

2007年9月に発売された『Cell』の表紙には、日本人科学者が発見した”殺し屋タンパク質”を擬人化したものが描かれている。
今まで日本のマンガ・アニメに興味が無かった層も、「この絵は一体誰が描いた!?」と考えたに違いない。

この出来事とは別に、日本でもマンガ絵表紙の変革ポイントになった作品はいくつかある。その1つが田中芳樹の『創竜伝』(講談社)だ。
マンガ家集団・CLAMPの絵を表紙に起用したことで、「CLAMPの絵が表紙だったから読んだ」という読者も多かったはず。

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(左)『イリヤ・ムウロメツ』筒井康隆/装画:手塚治虫/講談社
(右)『創竜伝』田中芳樹/装画:CLAMP/講談社文庫

さらに、荒木飛呂彦が『Cell』の表紙を描くより少し前、2006年の『美術手帖 2月号』(美術出版社)では「マンガは芸術(アート)か?」という興味深い特集をしている。
楠見清の記事にある「とくにこの十年、海外でのマンガやアニメに対する関心や、それらを背景ともする奈良美智や村上隆に対する評価の高まりを受けて、日本国内でもその評価を逆輸入する機運が高まった」という一文に、マンガへの眼差しが再編された理由が凝縮されているではないだろうか。
(こうして見ると、荒木飛呂彦の絵は絶好のタイミングで海外の科学誌の表紙を飾っていたのかもしれない)

マンガ絵の表紙は昔から存在するものだったが、その受け入れられ方・評価のされ方が近年になって大きく変化したに過ぎない。
むしろ、こうしてマンガ絵の表紙が増えたことは回帰ともいえる。

1人のマンガ好きとしてはなんだか嬉しい一方で、「マンガ絵を出せば売れる」と考える風潮もまた、評価の変化によって生まれたように感じられるのだ。

(川俣綾加)

(トップ/アメリカの生物科学誌『Cell』/装画:荒木飛呂彦)

非主流がはなつヒット作 セオリーこだわらず

非主流派の出版社からのヒット作が相次いでいる。映画化された『テルマエ・ロマエ』などコンテンツのマルチ活用が後押ししている側面もあるが、長年マンガを出版してきた企業では日の目を見にくいだろう作品を、ネットなどを活用しながら展開している。歴史が浅いからこそ、従来のマンガのセオリーにこだわらない作品に挑戦できることも寄与しているのではないだろうか。

ひとつの例が、スクエア・エニックスのオンライン雑誌「ガンガンONLINE」で連載中の『月刊少女野崎くん』だ。4月に発売された第1巻はすでに累計10万部を発行したという。単行本の表紙は、少女マンガのヒーローになりそうなりりしい少年、「野崎梅太郎」がマンガ用をペンをもっているもの。「野崎くん」は武骨な男子高校生でありながら、人気少女マンガ家という顔を持つという設定で、少女マンガのヒロインになりそうな女子高生「佐倉千代」らを中心に、ユニークなキャラクターらの日常を描き、話は展開する。

この作品を読んで、なぜ思わず笑ってしまうのだろうか。
私は、主に少女マンガが連綿とつみあげてきたセオリーを予想外の展開で裏切っているところにこの作品の面白さがあると考えている。
たとえば、「放課後、気になる相手との自転車の2人乗り」。少女マンガの愛読者なら、これがあこがれのシチュエーションで、2人の間がぐっと近づくエピソードになると知っている。だが「月刊少女野崎くん」のなかでは、「2人乗りは法律違反」と切って捨て、いかに合法的に「自転車2人乗り」を実現させるかの試行錯誤が続く。そもそも野崎くんと佐倉さんの出会いも、佐倉さんが野崎くんに「ファンでした」と告げるところから始まる。一般的な少女マンガセオリーでは、そのまま告白→お付き合い、となるはずだが、この作品では野崎くんが佐倉さんの告白を、「マンガ家のファンです」だと誤解し、アシスタントに起用するのだ。かわいい少女マンガの主人公は、同級生のかわいい子なんだろうな」と思えば、実はモデルが男子高校生だったり、そもそも初恋もまだな野崎くんが少女マンガ家であるということが、「少女マンガは読者の繊細な心理を理解できる女性が描いている」——こんな思い込みを見事に覆している。
(しかし歴史を振り返れば、手塚治虫氏の『リボンの騎士』など初期の少女マンガは男性マンガ家によって描かれていた。とすると、男子高校生が少女マンガを描く姿は、少女マンガの元の姿を垣間見せるものでもあるといえる)。

マンガ評論家の石子順造氏は『コミック論 石子順造著作第三巻』で、梅原猛氏の笑いに関する論を引きつつ、「笑うということは2つの対象のコントラストによって引き起こさせる価値の低下をひとつの開放感として享受するもの」としている。『月刊少女野崎くん』においては、本来ならば少女マンガのセオリー通りに進むはずの物語が、読者の予測をいい意味で裏切る斜め上の結論をだしてきている。その結論が「現実ならそうだよね」と思わず読者が同意してしまうほど、セオリー通りの少女マンガが提供していた「夢」の部分を暴露してしまっているのである。
逆にこの作品が広く受け入れられているということは、多くの人が少女マンガのセオリーを身につけた、つまりかつて少女のためだけだった少女マンガが、男女問わない読者を獲得した証拠でもあるといえるのではないだろうか。

実は作者の椿いづみ氏は、白泉社の雑誌「花とゆめ」で『俺様ティーチャー』という作品を連載している。こちらも随所で少女マンガのセオリー通りの展開を予測させつつ、実は少年マンガで一般的な学園バトルに展開するというかたすかしをくらうおもしろさを味わえる。(男女が出会うのに恋愛に至らないところは、白泉社の伝統路線ともいえるが)
それでも少女マンガのセオリーをすべて暴露して、現実との矛盾を笑いに変える『月刊少女野崎くん』の連載は難しかったのではないか——同じ作者の作品の出版社が分かれることになった背景も想像してしまうのだ。

関連サイト
ガンガンONLINE

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

少年と沖縄・離島文化との遭遇

ゲーム業界を舞台にした『大東京トイボックス』(幻冬舎)で「まんが大賞2012」の第2位を獲得したマンガ家、「うめ」。小沢高広(原作担当)と妹尾朝子(作画担当)の男女ユニットである。彼らの新作『南国トムソーヤ』(「月刊コミック@バンチ」で連載中)は、都会育ちの子どもの離島での成長譚を中心にしつつ、インターネット検索では得られない知識の意味を教えてくれる、深みのある作品だ。

主人公の狩野千晴(チハル、小学5年生)は母の残した「誰よりも遠くへ」という言葉をたよりに都会から沖縄本島より南西約500㎞の羽照那島へやってくる。いきなり遭遇するマンタライド(巨大マンタに乗って海を泳ぐ!)、島時間、ヤギの屠殺など、カルチャーギャップに驚かされてばかりだが、子どもらしい柔軟性で徐々に島に馴染んでいく。とっつきにくいが、素直な性格の同級生である島人、我那覇竜胆を偶然助けたことで、チハルは彼に気に入られ、以後行動を共にするようになる。

羽照那島は沖縄本島とは異なる独立した文化をもっており、伝説、神話、禁忌などが多く現存する場所だが、チハルはそういった未知との遭遇に対する時、都会の少年よろしくスマートフォンを使いインターネット検索をするのだった。

しかし、島の伝説の「翼竜の化石」を探そうとする時に、チハルは自分のやり方の間違いに気づかされる。珊瑚礁が隆起してできた島なのだから、化石は存在しないという結論を出したチハルに、担任教諭は独自の研究成果によって隆起珊瑚礁の下に(化石が存在しうる)堆積岩の地層があることを教える。インターネットに仮託した知識を覆され、チハルは自らの「好奇心の壁」を意識するようになる。

さらにチハルが島の伝統的祭祀や同世代の巫女に触れることで、ニライカナイ究明へと物語の深度が増していく。
ニライカナイとは沖縄、奄美群島各地に伝わる他界概念で、「遥か海の東の彼方」「海の底」という理想郷や死後の世界を指す。「浦島太郎が助けた亀に乗って竜宮城を訪れる」という有名な昔話もニライカナイの概念に近似している。

本作は“青春離島暮らし”といういかにもマンガらしいパッケージングだが、民俗学やSFをちりばめ、深く読み込ませる要素をいくつも交錯させている。9月時点ではまだ1巻が出たばかりだが、今後の物語の展開は大いに期待できる。ニライカナイや離島の古代信仰などを調べて作品に臨めば、何度でも読み返すことになることは間違いない。

ohta
文=凹田カズナリ
街の文化を支える書店チェーンで勤務。平和台→早稲田→五反田店でコミック担当を歴任。現場で仕入れた知識を広めるべくマンガナイトにも参画。2011年~「このマンガがすごい!」「このマンガを読め」にもアンケートを寄稿。日本橋ヨヲコ、鶴田謙二、長田悠幸、阿部共実、きくち正太、山田穣、谷川史子、堀井貴介、沙村広明、松本藍、篠房六郎(敬称略・順不同)を筆頭にオールジャンル好きな漫画多数。

大正マンガ

日本の“憧れ軸”は過去へと回帰している。
というのは、映画や単発テレビドラマ、マンガも大正・昭和を舞台にした作品が多く、現代人のハートを掴むのは未知なる近未来への想像ではなく、経験したことの無い過去への郷愁のように思えるのだ。

マンガ作品においてもそれは顕著だ。大正を舞台に女学生によるドタバタギャグを描く『大正ガールズエクスプレス』(日下直子/講談社)、男子学生で結成された「文學倶楽部」に男装してまで仲間入りし、文学の道を突き進む少女を描く『ましまろ文學ガール』(天乃タカ/エンターブレイン)。
そして、他人の夢の中に現れ不思議な“予言”をする少年とウェイトレスによる昭和モダンファンタジー『十十虫(てんとうむし)は夢を見る』。

多くの作品が、現代の多くの読者が知らない“過去”を舞台にしている。

特に、大正〜昭和初期の作品には“つくりこみ易さ”もあるのか、時代設定の舞台になることが多い。
この時代は日本の近代化において大きな変革の時代だった。

江戸時代を脱した日本は、明治時代に文明開化で近代化の道を進む。
そして大正文化となると、日本独特の文化に西洋文化を大きく取り入れ、自由と発展を謳歌する時代に入る。
宝塚歌劇団の誕生、ラジオ放送の開始、洋食文化の発展、そして芥川龍之介といった数多くの文豪を生んだのもこの時代だ。

現代の日本人に近い生活スタイルや文化が、この時代に生まれたのだ。

もう一つ特徴的なのは、大正〜昭和初期、1930年代の「昭和モダン」に突入するまでの、「大正浪漫」という言葉。

2011年の講談社「Kiss」編集部による日下直子へのインタビューで、彼女は「乙女チックな和の世界=大正」だと思った、とこたえている。
ファッション、建築、食にいたるまで、その独特のデザイン性はひと目みるだけで「大正浪漫」を想起させ、ある種の記号として確立している。女子学生の袴姿を描くこともできれば、女性のモダン・ガール姿まで描くことも可能なこの時代。
漫画家にとっても一層の描く楽しさがあるのかもしれない。

こうした時代背景をうまく利用し、史実を織り交ぜつつストーリー展開へ運んでいるのが『十十虫は夢を見る』だ。まだ大正時代の面影が残る昭和初頭が舞台のこの作品には、無声映画からトーキー映画への変容期をテーマにした事件、関東大震災で妹を失った兄による“予言解き”などが、ミステリ&ファンタジー風に描かれている。
先述の「乙女チックな和の世界」が好きな読者ならば、必ず魅力を感じられるような作品だ。

独自の時代背景を生かしたストーリー展開は、絵もストーリーも輝かせる。
この時代設定と現代日本人の“憧れ”と相乗した結果が、大正・昭和作品の多さなのだろう。

では、たとえば50年、100年後の未来。
この“憧れ”はどの時代に向かっていくのか。そう考えるのも、また楽しい。

kawamata
文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

「マンガナイトin NIIGATA」開催!

このイベントは中止になりました
がたふぇす
新潟のマンガ・アニメのお祭り「がたふぇすVol.3」の一環で出張マンガナイトを実施します。
今回は、新潟ゆかりのマンガ家さんごとでグループを作り、読みながらマンガ談義をしてPOP作成ワークショップをします!イベント後、POPは会場のほんぽーとに掲示されます。

同じマンガ家さんを好きな方同士、熱い思いを語り合いたい方はぜひご参加ください。

基本情報

開催日
2012年11月10日(土)
開催時間
17:00~19:00
開催場所
ほんぽーと新潟市立中央図書館
定員
40名程度(1グループ4〜6名)
参加費
200円
持ち物
筆記用具・おすすめのマンガ1冊(※マンガ持参は強制ではありません。薦めたいマンガがある方はお持ちください)
予定グループ
小畑健先生、古泉智浩先生、高野文子先生、高橋留美子先生、魔夜峰央先生、水島新司先生、山田芳裕先生、和月伸宏先生(※先生方の来場はありません)

申込期限は10月31日になります

真実を隠そうとする妨害に、元レーサーの技術で立ち向かう

20世紀が生んだ最大の移動手段、自動車。しかしその歴史は自動車事故の増加とも背中合わせだ。責任や保険金でもめることが多い事故の現場で、わずかな物証を見つけ出し、推理を元に事故の真の原因を突き止めていく――それが主人公、環倫一郎の仕事「交通事故鑑定人」だ。真実を隠そうと環を妨害する事故の当事者に対しては、元レーサーの技術で立ち向かう。レーサー時代の事故のおかげで、運転技術に自信を失っていたが、ファンのおかげで徐々に自信を取り戻し、ル・マンの24時間耐久レースに挑戦する。環は交通事故鑑定人とレーサー、どちらの未来を選ぶのか―――登場人物らが乗り回す「フェラーリ360」など名車にも注目したいところだ。1996年~2003年に「スーパージャンプ」(集英社)で連載。現在はJコミでも読める。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

五感で味わった秋!〜秋のマンガナイト&本棚オープン記念学園祭

俯瞰

体育の日といえば未だに10月10日が思い浮かんでしまう私ですが、10月の第2月曜日と改定されてもう10年以上経つのですね。国民が健康的に体を動かせる3連休を… そんな休日に込められた思いに逆らうかのように、この10月8日(月)に文化系イベント「秋のマンガナイト&本棚オープン記念学園祭」を開催しました。以下に、そのレポートをお送りします。

リーディング

マンガナイトとは、私たちユニット「マンガナイト」が季節ごと年4回開催している、大勢でマンガを読み、思ったことを気軽に話し合うようなイベントです。業界人から日ごろマンガに親しんでいるコアなファン、普段マンガは読まないけど興味のある一般人まで、門戸の広さには定評があります。今回は30名弱の参加者に恵まれました。

レトロ入り口

かねてより関連イベントでお世話になっているLe Cafe RETROがこの度の会場となりました。早稲田大学文学部の近くで、普段は学生たちで賑わっているのでしょう、エネルギーと活気が溢れる楽しいスペースです。フードもおいしくて、フワッとしたオムライスがお勧めの一品。

テーマは「学園」ということで、参加者には「学園」に関係したマンガを持ってきてもらいました。受付で、自分の持参した学園マンガが「笑った」「泣いた」「唸った」「キュンとした」のどれに当てはまるか選んでもらい、ブースに分かれていただきます。

笑った泣いたブース

軽い自己紹介の後、ブースでのマンガリーディングをスタート。それぞれのイチオシのマンガを、思いおもいに交換して読みふける時間となります。

…(約1時間後)…

各ブースで他の人にもオススメしたいマンガが決まったところで、前に出て発表していただきます。発表は必須ではないのですが、ついつい語りたくなってしまうマンガに出会えていたら私たちとしても嬉しいです。発表内容の概略は次の通り。

「笑った」

男子高校生の日常
男子高校生のバカな日常が描かれていて笑える。女性から見ると、むしろ小中学生のような…
四月は君の嘘
続きが気になる連載中マンガ。バイオリニストの女の子が凶暴で面白い! 読んでいて笑顔になれる。

「泣いた」

天使なんかじゃない
純真かつストレートな主人公。思春期のもやもやがうまく表現されていて泣ける。
Sunny Sunny Ann!
車を住処に、自由に生きることをスタンスにした、アメリカのある娼婦の物語。事件に巻き込まれ、大富豪や家出少女と出会ったりして繰り広げるドラマ。泣ける短篇集。

「キュンとした」

花ボーロ
ストーリーはもとより、ウサギの仔のダンボールから覗いた姿、モフモフ具合にキュンとした!
学園ベビーシッターズ
学園の部活でベビーシッターをする話。子どもがとても可愛く描かれている。

「唸った」

11人いる!
巧みなストーリーに唸った。群衆の疑心暗鬼に至る過程がよく描かれている。
卒業式
ある生徒が、町の権力に一矢報いるため卒業式に仕掛ける1つのワナ。思春期の子どもたちの一日を上手く切り取っている。

新しいマンガを発掘したい人にも、オススメ漫画を共有したい人にも満足できる内容になっていたでしょうか。この後、黙々とマンガを読み続ける人、気の合った人とマンガについて話す人、しばしのフリータイムの後、代表山内からの挨拶をもって第1部はお開きとなりました。

さてマンガナイトは、実はマンガを読むだけの場所ではありません。ここLe Cafe RETROにもマンガナイトの選書棚が設置されることを記念して、「マンガナイトの本棚オープン記念イベント」の名目のもと第2部が開始されました。

この店の1階の奥に常設されることになった「マンガナイトの本棚」には、現在「人気作家の初期短編」というコンセプトで、楽しく軽く読める作品が満載されています。Tシャツやシールなど、マンガナイトオリジナルグッズにも注目!

マンガナイトの本棚マンガナイトグッズ本棚のお披露目とともに参加者からのミニプレゼンをいただきました。漫画家の先生、大手出版社のマンガ編集者、マンガの読み過ぎで疲れた体に姿勢コンサルティングの紹介、体育の日にふさわしく奥多摩トレックリングの案内など、盛りだくさんの発表です。

興味深い業界の裏話から、マンガを超えて視野を広げるテーマまで、この場でしか聞けない内容ばかりでした。

プレゼン1プレゼン2自慢のフードも運ばれてきて、会場の熱気は最高潮。イベント限定、著名マンガをモチーフにしたオリジナルカクテルもご用意いただきました。「この作品がこんなカクテルになるのか」「ふつうに美味しい!」と好評のマンガカクテル、気になる人は、ぜひ次のイベントに来てみてください。

マンガカクテル

なお第2部からのイベントの間は、codacodaDJにマンガ原作アニメのリミックスを流してもらってました。懐かしくもキャッチーなあの旋律を耳にすれば、当時の話に花が咲きます。codacodaDJ、ありがとうございました。

また、現役書店員カズノコ君の注目マンガを集めた特設「KazunokoGXコーナー」では、今季オススメのマンガを取り揃え、マンガ好きから好評をいただいていました。このコーナー、設置のたびメンバーから「名前の意味がわからないのではないか」と議論の種になるのですが、だいぶ定番化してきましたね。今後のイベントで見かける機会があったら、カズノコ君にどんどん話しかけてみてください。

KazunokoGXコーナー

秋の夜長、マンガの話は尽きませんが、最後には全員の記念集合写真を撮って、お疲れ様でした!

集合写真

面白いマンガを読み、おいしいカクテルと食事を味わい、楽しい音楽を聴く、贅沢な1日を過ごすことができました。

これからのLe Cafe RETROには、常設版マンガナイトとも言える「本棚」が設置されています。ご覧になるだけでもマンガナイトの雰囲気を少し感じていただけます。お近くにお立ち寄りの際にはぜひどうぞ。
近所にはあゆみブックス早稲田店もあり、イベントで定番化しているKazunokoGXコーナー仕掛け人のメンバーがコミック担当をしています! 作りこまれたコミックコーナーは一見の価値有りですゾ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。みなさまと次のイベントでお会いできることを楽しみにしています。(本多正徳)


マンガナイトメンバーの木嶋雅史くんも、本イベントの参加レポートをブログで紹介しています!
詳細はこちら

連載マンガの起死回生力

クレムリン

もう何度も使い古されている言葉だが、依然として出版業界を取り巻く状況は厳しい。
出版市場がピークだった1995年のあと、マンガ雑誌・単行本の売上げも減少の一途をたどっている。雑誌の休刊・廃刊も数知れず。

こうした事態を免れるためマンガ雑誌の編集側も新人漫画家を積極的に起用し、新たな人気漫画家の創出に躍起だ。新人漫画家にとっては作品発表のチャンスかもしれないが、ようやくデビューできても一発屋、もしかしたら一発屋ですらなかったという状況もきっと存在しているだろう。

昨今のそんな中、新人による連載マンガでとりわけ強い生命力を見せたマンガがある。
「週刊モーニング」(講談社)に連載中の『クレムリン』だ。

『クレムリン』は3匹のロシアンブルーの猫「関羽」(3匹とも名前は同じ)と、関羽を拾い一緒に暮らすことになった青年・却津山 春雄(きゃっつやま はるお)による不条理ギャグマンガだ。
その生命力の強さは2009年、「モーニング」主催で開催された新人賞「第26回 MANGA OPEN」にさかのぼる。
一度落選したにも関わらず編集長の目に止まり、「モーニング・ツー」での連載が決定したのだ。
ここで「みごと商業誌デビュー!」といいたいところだが、その後の経緯は少し複雑だ。

まず、2010年に「モーニング」でも連載がスタートするが、翌年には「モーニング」での連載は終了する。
作者ブログ「猫痙攣」によると、アンケートも単行本の売れ行きも「可もなく不可もなく」といった塩梅だったらしい。「モーニング・ツー」での連載は続行するが、区切りという意味で終了に至ったようだ。
しかしその後、すぐに「モーニング」で連載が再開している。
これはアンケートの結果が、編集部によって設定されたボーダーラインを達成できたことによるものだという。
連載中に打ち切りは決定していたが、担当編集の尽力で復活のチャンスを取り付けることができ、かつ読者アンケートの結果で見事目標をクリアしたことによって、ふたたび誌面に蘇ったのだ。

こうして、ギリギリのところで1度目の起死回生となった。

一方で「モーニング・ツー」での連載は2012年の43号で終了だ。
悲報にも聞こえるが、作者によるエッセイ「負ける技術」の連載は「モーニング・ツー」で続いていることに加え、YouTubeでフラッシュアニメが公開されるなど躍進中だ。
さらに、『モーニング・ツー』での新連載が決定(どのような内容になるかは、この原稿を書いている時点では不明)。2度目の起死回生となっている。

一時は連載終了まで追い込まれたわけだが、実はとんでもなく不死鳥作品なのではないだろうか。
この背景に考えられるのは、編集部側のドラマ演出と、作者のキャラクター性・エッセイというマンガ以外の面白さがある。
まず「連載が終了するかもしれない」事態を編集部側がオモテに出した。当然連載の動向に注目が集まるわけだが、そこに作者がTwitterで自虐的心情をつぶやくことで、「打ち切りかもしれない」というマイナスの状況を一笑に付すことができた。

結果として連載は再開したが、もし終了していても「負ける技術」の格好の題材となっていたのではないか。

たとえ打ち切りの憂き目にあっても、起死回生を狙うことは可能だったのだ。
(ちなみにこの「負ける技術」、かなり“読ませる”ものだ。)

キャラクター性のあるマンガ家は強い。

ソーシャルメディアで作家自身の露出が可能になった現代では、特にそうだ。マンガ作品の魅力そのものはもちろんだが、マンガ家のキャラクターというマンガ以外の新しい要素も、作品を支える時代なのだ。

関連サイト
時を翔ける天使 カレー沢薫の負ける技術 〜世界最弱から世界最高へ〜

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文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

深夜タクシー運転手と乗客をめぐる、巨匠の晩年作

元暴走族、今は無免許の深夜タクシー運転手をしている青年ミッドナイト(本名・三戸真也)が、乗客を中心とした人間ドラマに絡んでいく一話完結形式の短編連作。物語が進む中で触れられていく真也自身の生い立ちや、暴走族をやめるきっかけとなった少女マリのエピソード、ゲスト出演にとどまらない活躍を見せるブラック・ジャックの存在などが、ともすると地味になりそうな作品世界に彩りを添える。愛車(もちろん営業車を兼ねている)・エリカに搭載されたトンデモなギミックや、後半明らかになる真也の特殊能力など、ありがちな人情劇とは一線を画したユニークな設定も満載で、少年マンガらしい荒唐無稽さが楽しい。
巨匠の最晩年の作品であり、最後の週刊少年誌連載となった。衝撃的すぎるという理由で連載当時コミックス収録が見送られた最終回は、現在は文庫版で読むことができる。

文=鈴木史恵
1986年2月生まれ、千葉県出身。おもちゃメーカー勤務を経て編集・執筆業へ。マンガ好きとしての原点は物心つく以前から触れてきた手塚治虫と藤子・F・不二雄。24年組、80年代ニューウェーブ、ガロ系、それらの系譜にある青年マンガを中心に、面白そうなものは何でも読みます。マンガ以外の趣味は好きなバンドのライブや映画鑑賞など。

マンガ原作の映画、 成功の鍵は「データベース消費」の応用にあり

るろうに剣心特筆版

マンガ『ろろうに剣心』を元にした実写映画が順調に興行収入を伸ばしている。

配役やアクションの魅力はもちろん、原作のもつイメージを壊さなかったことで、原作ファンからの反発が少なかったためだとみられる。
原作から抽出したキャラクターの特徴を生かしながらも、物語の展開を現代の観客にあうように組み替えたことが寄与したようだ。

8月末に公開した映画『るろうに剣心』の興行収入は9月20日時点で25億円(先行上映を含む)を超えた。
興行通信社によると8月最終週の興行収入で邦画部門の1位になったという。
原作の世界観を壊されることがこわくて、マンガ原作の実写映画になかなか足を運ばなかった筆者も知人に誘われて見に行ったが、記憶の中にあるマンガ『るろうに剣心』のイメージをこわされず、アクションシーンや音楽など映画ならではの演出を満喫できた。

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映画『るろうに剣心』公式サイトより

『るろうに剣心』は1994年から1999年まで「週刊少年ジャンプ」で連載された作品だ。
幕末に暗殺者として活躍した「人斬り抜刀斎」—緋村剣心が主人公。
明治という新時代で生き方を模索する人々を描き、『DRAGON BALL』『SLUM DUNK』の連載が終わった後の「週刊少年ジャンプ」の販売を支えた。

マンガを原作にした映画が興行収入で成功を収めるには、新規ファンの開拓はもちろんのこと、原作ファンの多くも観客として引き付けなければならない。
だがこれまで制作されたマンガ作品をもとにした実写映画のなかには、マンガのファンから敬遠されたものも少なくない。
マンガ『DRAGON BALL』がハリウッドの映画会社によって実写化された際は、キャラクターの設定で原作との差が大きく、主に日本の原作のファンからは批判の声があがった。

それに対して『るろうに剣心』が原作ファンの反発を最小限に抑えられた理由は何か。
私は、批評家の東浩紀氏の提唱する「データベース消費」の仕組みを無意識に応用したためではないかと考えている。

「データベース消費」は東浩紀氏は2001年に出版した『動物化するポストモダン』(講談社)のなかで、1990年代のオタク文化に特徴的な消費行動として提唱した。
「データベース消費」とは、ある文化圏の消費者が、マンガやアニメなどの世界を楽しむ際、そのマンガやアニメ全体の物語や世界観ではなく、その文化圏で共通する要素を情報として蓄積したデータベースを構築し、それを自由に組み合わせて楽しむことだという。

映画『るろうに剣心』はこのデータベース消費の仕組みをうまく応用したのではないだろうか。
主人公の頬の刀傷、逆刃刀、旧幕府側の新政府への恨み、過去におったトラウマ、——それぞれのキャラクターが持つ身体的特徴や性格はそのまま維持し、すでにキャラクターの特徴を自らのデータベースに入れた原作ファンにとってはズレがないようにしつつも、演出や物語の展開はマンガの表現にとらわれず、「アクション時代劇」として楽しめるようにしている。

たとえば、主人公の剣心や斎藤一が原作中で技を披露するとき、多くの場合はコマの中に技の名前が明記され、あたかもキャラクターらが技の名前を叫んでいるようにもみえる。だが映画では、剣心や斎藤一はほとんど技の名前を自ら披露することはない。
そのため、剣での戦いにリアリティが生まれており、アクション豊富な時代劇として見応えがあるのだ。
物語も原作の二つのエピソードを無理なく組み合わせ、主人公の過去と、新時代との衝突をうまく描いた。
むしろ新時代を望んだ主人公が、その新時代になじめない葛藤、正義のために人を殺せるかというテーマなどはマンガよりもより強く表現されていたように思う。

パンフレットのインタビューによると、原作にはない登場人物のセリフもあったようだが、原作の設定を維持したキャラクターや世界観にあっており、違和感はまったく感じなかった。
2次元のマンガと3次元の映画では、読者や観客の受け止め方が違う。
単に忠実に再現するのではなく、それぞれのメディアのよさをいかした「再現」が成功したのだろう。

では原作者の和月伸宏氏はこの動きをどうとらえているのか。
9月に発売された『るろうに剣心 特筆版』(集英社)の後書きを拝読すると、「キャラクターが変わらず魅力的であればパロディーはOK」と述べている。
実際、特筆版に収録されている「キネマ版」は映画版のシナリオを考える際に出てきたアイデアで採用されなかったものをまとめたという。

90年代に連載された作品を知っている筆者からは、やや驚きの物語の展開もあったが、もし初めて読んでいたら、魅力的なキャラクターが明治という混沌とした時代を駆け抜ける物語に没頭しただろう。
『宇宙兄弟』『テルマエ・ロマエ』『僕等がいた』『ホタルノヒカリ』… 今年に入っても数多くマンガが実写化されているが、『るろうに剣心』の映画化と再連載は、旧作マンガの新たな活用方法のひとつとなるのではないだろうか。

関連書籍
『動物化するポストモダン』(東浩紀)講談社
『ゲーム的リアリズムの誕生』(東浩紀)講談社

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

ポルシェに流れるヨーロッパ車の芸術性、趣味性

実用性や利便性の追求。プロダクトにとってそれは間違いなく重要なファクターではある。が、しかし。こと、ライフスタイルと密接につながっている「クルマ」において、私たちを惹きつけるのは必ずしもそこに還元できるものばかりではない。趣味・関心、重きを置くモノ・コトが様々であるように、「クルマ」の魅力もまた多種多彩であり、麻宮騎亜『彼女のカレラ』は、比肩ないほどに高い“趣味性”を有する「ポルシェ」という存在を介して、そんなことを改めて気づかせてくれる作品だ。

父の形見として「ポルシェ911(964型)カレラRS」を譲り受け、ポルシェ・オーナーとなった主人公の轟麗菜(とどろき れいな)。だがその車体は彼女にとって熾烈なものだった。リアシート、エアコン、オーディオが外され、軽量化されたレーシングバージョン。マイナートラブルが頻繁に起きる上、街中での操作性は想像を絶するほどの悪さ。マニュアル車を運転することすらなかった彼女にとって、その価値を理解できるわけはなかった。だが、ポルシェのオーナーズクラブの仲間たちに支えられツーリングやサーキットに参加するうち、高い趣味性をもつポルシェの魅力に惹かれていくのだった。

ある種の「合理性」の埒外にあるともいえる、ポルシェに流れるヨーロッパ車の芸術性や趣味性。それをいつくしみたのしむ「クルマファン」に許された贅沢を、この作品を通して堪能できることは間違いない。

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文=凹田カズナリ
街の文化を支える書店チェーンで勤務。平和台→早稲田→五反田店でコミック担当を歴任。現場で仕入れた知識を広めるべくマンガナイトにも参画。2011年~「このマンガがすごい!」「このマンガを読め」にもアンケートを寄稿。日本橋ヨヲコ、鶴田謙二、長田悠幸、阿部共実、きくち正太、山田穣、谷川史子、堀井貴介、沙村広明、松本藍、篠房六郎(敬称略・順不同)を筆頭にオールジャンル好きな漫画多数。

『サーキットの狼』から40年、スーパーカーの轟音ふたたび。

カウンタック

1970年代、池沢さとしの『サーキットの狼』などの影響を受けてわき起こったスーパーカーブーム。それは爆発的といってもよく、子供だけでなく大人も巻き込んでの社会現象と化した。しかし、高度経済成長の終焉は、豪奢さや過度の性能重視とともにあったスーパーカーへの関心を薄くさせ、その失速はまさにエンジンの火を落とすかのごとくであった。
やがて21世紀にかわり、環境に気配りした、静かに走るハイブリットカーが注目を集める時代意識のなか、突如エンジンの轟音を鳴り響かせるマンガが現れた――梅澤春人『カウンタック』である。
主人公はサラリーマンの空山舜。金もなく、彼女もなく、酒をあおって腐っていくばかりの生活を送る34歳が、ひょんなことから子供の頃憧れていたランボルギーニの「カウンタックLP400」を破格で譲り受けることに。スーパーカーに見合う男になるため、新しい日々がはじまる。
『サーキットの狼』から40年、クルマに込められたロマンは、ひとびとの心から決して失われていなかったのである。

ohta
文=凹田カズナリ
街の文化を支える書店チェーンで勤務。平和台→早稲田→五反田店でコミック担当を歴任。現場で仕入れた知識を広めるべくマンガナイトにも参画。2011年~「このマンガがすごい!」「このマンガを読め」にもアンケートを寄稿。日本橋ヨヲコ、鶴田謙二、長田悠幸、阿部共実、きくち正太、山田穣、谷川史子、堀井貴介、沙村広明、松本藍、篠房六郎(敬称略・順不同)を筆頭にオールジャンル好きな漫画多数。

秋のマンガナイト&本棚オープン記念学園祭

calcalマンガナイトは2012年10月8日(月・祝)、「秋のマンガナイト&本棚オープン記念学園祭」を開催します。参加のお申し込みは下記のフォームからお願いします。

第一部「秋のマンガナイト」は、お馴染の小グループでマンガを回し読みした後に、読んだマンガや感想を共有するという読書会です。
※ マンガナイトの雰囲気はこちらをご覧ください。

今回は「学園」がテーマ。「部活動やクラスの日常など学園生活を思い出させるような作品」を参加者みなさんに持ち寄ってもらい回し読みをします。

第二部「本棚オープン学園祭」は、会場「Le Cafe RETRO」に当日より設置する「マンガナイトの本棚」のオープンパーティーです。自慢のオムライスを含むコースメニューを用意します。学園祭には次の企画を用意しています。

●「マンガナイトの本棚」とマンガ交換

本棚には、現在活躍中の漫画家さんの過去の短編完結作品が並べてあります。

イベント当日に限り、みなさんが読み終わった完結作品2冊に一言感想をつけて(当日記入)お持ちいただくと、本棚から1冊お好きな作品を持って帰っていただけます。

●マンガ原作アニメのテーマソングライブ

DJのcodacodaさんをゲストにお呼びします。「学園祭」当日、彼に流してもらうのは、マンガ原作アニメのテーマソングのみ。codacodaさん、マンガナイトのセレクトや、事前に参加者の方からいただいたリクエストから選びます。

●マンガカクテル販売

イベント限定で、お店オリジナルのあのマンガをモチーフにしたカクテルが各種登場。どんなカクテルが登場するかは当日のお楽しみです!

●参加者ミニプレゼンテーション

参加者の皆さんのプロジェクトやサービスの紹介タイムを設けます。

1組あたり3~5分程度で6~10組が発表します。マンガの新しいサービス、イベント告知、漫画家さんや出版社の方の新刊紹介など。「学園祭」なのでマンガ関係から、マンガに関係ないものでも幅広いテーマが登場します。

●マンガナイトのおすすめ新作マンガコーナー

最新のおすすめマンガを並べて紹介します。毎回、普段あまりマンガを読まない方からヘビーリーダーの方まで新たな発見がある人気のコーナです。

最近マンガを読んでいない方から、月に100冊マンガを読むヘビーリーダーの方まで、分け隔てなくマンガを介して気軽にコミュニケーションを楽しめ、新しいマンガに出会えるイベントです。みなさまのご参加をお待ちしております。
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概要

第一部【秋のマンガナイト】

日時
2012年10月8日(月・祝)18:00(開場17:30)~20:00
会場
Le Cafe RETRO(地下鉄早稲田駅徒歩3分)
募集定員
30名(予約制)
参加料
1,500円(1ドリンクとおつまみ付、2杯目以降はキャッシュオン)
持ち物
回し読みで使う「学園」に関するマンガ1冊

第二部【本棚オープン記念学園祭】

日時
2012年10月8日(月・祝)20:00~22:00
会場
Le Cafe RETRO(地下鉄早稲田駅徒歩3分)
募集定員
50名(予約制)
参加料
3,000円(1ドリンクと立食コースフード付、2杯目以降はキャッシュオン)

※ 希望者のみ、マンガ交換用に読み終わった完結短編マンガ(全1巻or全2巻)計2冊をお持ちください
※ 第一部、第二部ともに参加の方には、スペシャルプレゼントがあります!
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事前に以下についても募集中

●思い出のマンガ原作アニメのテーマソング

→facebookのイベントページまたは申し込みフォームにリクエストをお送りください。

●ミニプレゼンの発表者

→6~10組を募集します。マンガ関連のイベントや、新作マンガの紹介から、マンガ関連以外のサービスの紹介もOK。希望者は申し込みフォームで概要をお知らせください。

世界に1台の「夢のクルマ」を作り上げる物語

fullspec

世界に1台だけの自分たちだけの「夢のクルマ」を持ちたいと思い描いたことはないだろうか? この作品は3人の幼馴染みが小学生から10年かけて、夢のクルマ「ブルース・リー号」を完成させる、まさにドリーム・ストーリーだ。設計、メカニック、ドライバーの役割を分担して、資金の少ないなか、技術書を徹底的に調べたり、スクラップ場からジャンクパーツを集めたりと、知恵を絞り出しながら、想い描いた到達点へと向かう。完成した夢のクルマは、「マツダユーノス・ロードスター」に軽量高出力の究極のエンジン「ロータリーエンジン」を搭載。高校生で無免許だが、「夢のクルマ」が完成した暁にはイメージ通りに操作できるように、レーシングゲームで日夜、トレーニングも行う徹底ぶり。クルマを一から設計して組み立てていく描写には、男子なら心をくすぐられること間違いなし。

ohta
文=凹田カズナリ
街の文化を支える書店チェーンで勤務。平和台→早稲田→五反田店でコミック担当を歴任。現場で仕入れた知識を広めるべくマンガナイトにも参画。2011年~「このマンガがすごい!」「このマンガを読め」にもアンケートを寄稿。日本橋ヨヲコ、鶴田謙二、長田悠幸、阿部共実、きくち正太、山田穣、谷川史子、堀井貴介、沙村広明、松本藍、篠房六郎(敬称略・順不同)を筆頭にオールジャンル好きな漫画多数。

昭和の“アダムとイヴ”の物語

千年万年りんごの子

白い雪・赤いりんごといえば、魔女の毒りんごで眠りにつき王子様のキスで目覚めるグリムのあの童話。
さらに、真っ赤なりんごはそれを食べて禁忌を破り、楽園を追放されるアダムとイヴの話も想起させる。
このようにりんごは、童話や神話においてなかなかキャッチーな存在だ。
そして真っ赤なりんごが重要な役割を果たする『千年万年りんごの子』は、現代の新進漫画家が描く、昭和を舞台にした漫画である。

時は昭和23年、大寒波の年。
雪の日に寺に捨てられていたという雪之丞(ゆきのじょう)は養父母によって愛情をもって育てられたが、孤独感から早く家を出て独り立ちしたいと思っていた。
一方リンゴ農家の娘・朝日は「自分が農家を継ぎたい」と、入り婿を求めていた。

こんな”条件の合致”から2人は結婚し、夫婦に。
激動の昭和、雪がしんしんと積もる土地で生活を送っていたある日、雪之丞があるりんごを朝日に食べさせてしまったことで、村の禁忌を犯してしまう。
朝日は土地の神様から祝福を受ける代わりに——というのがこの話。

白雪姫やアダムとイヴの話は、時に少しずつその物語の形を変えながらも脈々と現代に至るまで受け継がれてきた。

この漫画もまた、伝統的な神話や物語の原型を現代のお伽話へ昇華させたものだ。
日本の土地信仰や禁忌といった民俗学的側面を織り交ぜながら、天真爛漫さ・健気さ・母性をもつ朝日というヒロインを登場させることで童話性を打ち出している。
朝日の場合はりんごを口にしたことで追放されるのではなく「神の嫁(巫女)」になってしまうが、神の意思に触れる、という部分ではアダムとイヴの話が頭をかすめる。

雪之丞は「養父母が実の親のことを何か知っているのではないか」と思いつつ、事実を知ることを恐れ、何も深追いすることなく、いつも何かを諦めて生きてきた。

だが、「今回ばかりは諦められるか」と彼は心を決める。

果たして、雪之丞は神を相手に朝日を守り抜くことができるのか。村の禁忌の謎を解き明かすことができるのか。

まだお互いを深く知らずとも、条件の合致で結婚を決めてしまうお見合い(しかもそれでうまくいっている)、大家族での賑やかな生活、田舎の近隣事情など、経験したことがなくともどこか懐かしさを感じさせる。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」ほど露骨な郷愁ではなく、作者の画力によって情景豊かに淡々と描かれる点が、映像を越えて妙にリアルだ。

この『千年万年りんごの子』というマンガは、古今東西の神話や童話を原型に、昭和という時代を着せることで古き良き日本の郷愁を感じさせる。
田舎の雪国・狭い村を舞台に、もう体験することのできない憧れを過去に描くお伽話のようだ。

しんしんと積もる白い雪と真っ赤なりんごのコントラストは、鮮やかな反面どこか禍々しくも見える。

関連サイト
想像系新雑誌「ITAN

kawamata
文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

電子書籍を媒介に描かれる「SF=society fiction」

アマゾンの「Kindle」の浸透、楽天の「Kobo Touch」の発売、講談社の電子書籍強化——2011年から12年にかけて、現実社会で相次ぎ電子書籍の端末やコンテンツが発売されている。電車の中では文庫本や雑誌、新聞を読む人より、スマートフォンなど携帯端末を見る人のほうが多い。紙と電子端末という2種類のメディア形態が混在する出版文化や読書体験は今後どうなっていくのか。実はその未来を想像する一助はすでにマンガの中に登場している。

そのひとつが現在「月刊IKKI」(小学館)で連載中の『BABEL』だ。

舞台は2050年の世界。あらゆる書籍が電子化され「ビブリオテック」という電子書籍のネットワークシステム、仮想都市に統合されている。世界中のコンテンツがひとつになることで、浮かび上がるデジタルならではの「不具合」。主人公の父親らは、それを隠された大いなる謎だと考え、読み解こうとする。成長した主人公も、志を継ぎ、「隠された意図」を解明しようとするが——。書物に隠された意図を読み解くという点では、イエス・キリストらの謎に迫る「死海文書の謎を解く」(講談社)や超古代文明についてノンフィクション『神々の指紋』(小学館)、絵画に隠されたダ・ヴィンチのメッセージを読み解く『ダ・ヴィンチ・コード』(角川書店)などミステリー作品を彷彿とさせる。

同時に興味深いのは、紙の本や電子書籍の描かれ方だ。学校では一人ずつ電子ペーパーを持ち、「読書」や勉強はすべてこれで行う。紙の本は「ペーパーバック」と呼ばれ、非常に高価でレトロなものとして描かれている。この点は、川原泉のSF作品『ブレーメンⅡ』(白泉社)と共通するところだ。電子書籍の普及開始を2000年代のはじめに設定するなど、現実の流れの少し先を「SF=”society” fiction」として、「こうなるのでは」という予測も含めて描いているように思える。

かつて子どもたちの夢を描いた『ドラえもん』や『ひみつのアッコちゃん』の秘密道具は、日本科学未来館で開催されている企画展「科学で体験するマンガ展」で最新の科学技術を使って表現された。「ビブリオテック」のようなネットワークシステムも、いつの日か現実になるかもしれない。その日のために、「このようになったら自分はどう思うか」を想像するために読んでも、考えさせられることがあるだろう。

またこの作品の特徴は出版形態にもある。2012年8月現在、雑誌で連載中だが、最初は書き下ろしの単行本で発売された。かつて戦後のマンガ市場が形成されつつあった時代、貸本屋の単行本で人気の出た作家の作品を、雑誌で連載するという動きがあった。これが才能を発掘し、連載マンガ家を育てる一手段となっていた。マンガ販売の主力が単行本中心になっている今、単行本で人気を計ってから連載するという方法は、再び新人育成の手法となる可能性がある。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

マンガナイトの本棚in cafe ASANオープントーク&パーティ

マンガナイトの本棚

マンガナイトの本棚

日程
2012年9月14日(金)19:30(開場19:00)~22:00(トークは20:00~21:00)
料金
3,500円(1ドリンク&フード)
持ち物
全1巻完結のマンガ本1冊(お忘れの方は+500円となりますので、なるべくお持ちください!)
会場
cafe ASAN(御徒町駅・末広町駅徒歩)
定員
30名(事前予約制)

※ 参加申込は下記のフォームからお願いします。


ものづくりをテーマにした御徒町の高架下モール2k540内、フキダシが目印のcafe ASANに「マンガナイトの本棚」が設置されます。

みなさんが今まで知らなかった作品との出会い、みなさん同士の出会いをつくる本棚。
現在活躍中の漫画家さんの短編作品を中心に、全3巻以内の完結作のみを選んでいます。
また、マンガの表現をモチーフにしたマンガナイトのオリジナルプロダクトも販売します。

今回のオープントーク&パーティで、みなさんから1冊ずつ1巻完結のマンガ本を提供していただくことで、マンガナイトの本棚はスタートします!

トークセッションは、「マンガ・本・絵本を選ぶということ」をテーマに、川上洋平(book pick orchestra代表)、葉山万里子(tontonプロデューサー)山内康裕(マンガナイト代表)が登壇。
これまでに選書を行ってきた場所やメディアを紹介しつつ、マンガ・本・絵本の選書の視点の違いや未来について話します。

みなさん、魅力を伝えたいマンガを持って、ぜひご参加ください!

出演者

川上洋平(かわかみ ようへい)

本のある生活をふやすために、新たな本のあり方を模索し、人と本が出会う素敵な偶然を演出するユニット、book pick orchestra(ブックピックオーケストラ)代表。2003年より古書の展示販売、オリジナル商品「文庫本葉書」の全国各地での販売、イベントやワークショップなど、本を手に取ってもらうためのさまざまな形で本のあり方を提案している。HAPON新宿での古書のセレクト、益子starnetの古書展示販売、SUNDAY ISSUEでは、ブックコーナーを担当。

葉山万里子(はやま まりこ)

ロンドン留学、服飾デザイナーを経て、子ども関連のコンテンツに携わる仕事をしながら、2011年10月より”こどものためのアート情報誌[トントン]の活動をスタート。
季刊のフリーペーパ発行の他、国内外アーティストを招いたtonton workshop、千駄木往来堂書店にて絵本やこどもとアートを軸に選書したtontonフェアの展開等、子どもたちが、沢山のわくわくや、発見、おどろきを、アート・デザインを通じて見つけられることを目的に活動を続けている。
最近の活動としては、オランダ大使館後援の元、8月にはオランダよりデザインデュオINAMATTを招き、オランダのデザインに触れるworkshopの実施、及び映像制作を行い、9月からは表参道ヒルズにて月1回のワークショップ展開も予定している。

山内康裕(やまうち やすひろ)

マンガを介したコミュニケーションが生まれる状況を演出するユニット「マンガナイト」代表。
マンガナイトでは、コミュニケーションツールとしてのマンガの可能性を探るべく、イベントの開催、書店やカフェでの選書、プロダクトの開発・販売、執筆を行う。
また、マンガ関連の販促企画・プロデュース・戦略立案も手掛ける。

共闘する“守護霊”

「人は1人ぼっちじゃない」というメッセージは、小説でもドラマでも歌でも、いたるところで目にする。「1人ぼっちじゃない」の「1人」の隣にあるのは、友人であったり、恋人であったり、家族であったり——では、“守護霊”はどうだろう?

「ヤングジャンプ」(集英社)に連載中の高橋ツトムによる『ヒトヒトリフタリ』は、若くして死に霊魂となったリヨンがある男の守護霊になるところから始まる。魂となった人間たちが住まう“幽界(ゆうかい)”で、魂をどう磨いていくかを学ぶため学校生活(のようなもの)を送っていたリヨンだが、サボってばかりの彼女はある日、「現世に降りて守護霊として修行してもらう」と言い渡される。そして守護霊がついていない無数の人間から彼女がたまたま選んだのは、なんと日本の総理大臣・春日荘一郎だったのだ。

輪廻転生の思想や、修行を積んで魂を磨く(つまり“徳を積む”)という考え方は仏教の考え方そのもの。リヨンは転生するためにしぶしぶ守護霊となり春日を見守るが、ある出来事を境にただの守護霊ではなく春日と“共闘”するパートナーとなる。

あの世の人間と、現世の人間による単純なファンタジーストーリーと全く異なるのは、たとえ宗教・心霊的な部分を抜いたとしても、総理という孤独な男が残された命をどう駆け抜けていくのか・彼は人生の命題をどう叶えていくのか、という部分の細かな心理描写が読者を惹きつけて離さないからだろう。

作中では“孤独な男”の象徴として総理大臣が描かれているが、現実生活で苦境に立たされながら「自分は孤独だ」と感じている人はたくさんいるはず。また、震災、不景気、高齢化といった日々のニュースも気分を鬱々とさせるには十分で、現世の人間たちにとって、閉塞感を打ち破る存在としての春日が描かれているのではないだろうか。特に震災以後、このマンガが発表されたのは意味があるような気がする。

高橋ツトムの死生を扱った他の作品、『スカイハイ』(不慮の事故や殺人で命を落とし、霊魂になった人間が「怨みの門」で3つの選択肢から進むべき道を迫られる、というストーリー)も再読する価値がありそうだ。

『スカイハイ』は“死後”にフォーカスすることで“生”を際立たせているが、『ヒトヒトリフタリ』では死ぬまでの残された時間・生き様を描くことで徹底的に“生”を照らし出していることも興味深い。両作品において魂やあの世の存在を通して訴えかけてくるところは、今日という日をより善く生きること、そして生かされていることへの感謝だ。

人間のドロリとした黒い部分の一瞬の隙間に光を照らし、道しるべとなってくれる。『ヒトヒトリフタリ』はそんな一瞬の光のようなマンガだ。

ヒトは必ず誰かに支えられている。もしも友達がいなくても、恋人がいなくても、家族がいなくったって、もしかしたら最後には守護霊が支えてくれているのかもしれない。

kawamata
文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

夏のマンガナイト&3周年祭り

3年前、自分が何をしていたか覚えていますか? マンガナイトは3年前(2009年初夏)、あるシェアハウスの共用スペースで第1回のスタートを切ったところでした。マンガ好きの友人同士で声を掛けあって始まった、ささやかな試みでした。

7月28日(土)に行われた「夏のマンガナイト&3周年祭り」(二部構成)は、マンガナイトが無事3周年を迎えることができた今夏、これまでお世話になってきた方々に感謝を込めてのイベント&パーティ開催となりました。

会場は、末広町Cafe Asan。壁が黒板になっていたり、フキダシをモチーフにしたオブジェが壁に掛かっていたりする、マンガナイトの雰囲気にもピッタリの高感度スペースです。

まず第一部は、定番であるグループ別でのマンガの回し読みと感想の共有タイムです。今回のグループ分けは、各ブース担当イチオシのマンガの名セリフから、参加者に好きなものを選んでもらう新形式を採用しました。

バカ姉弟 金…。浴びるほどね!
極東学園天国 誰かに用意された道には何もない
さんさん録 この世でわたしの愛したすべてがどうかあなたに力を貸してくれますように
セーラームーン 月にかわっておしおきよ!
ノケモノと花嫁 今こそ!!愚鈍な大衆『オトナ』に目覚めを!!

セリフだけで何のマンガか分かりますか? 自分の好きなマンガを選ぶ人も、心に刺さったセリフに惹き寄せられる人も、思いおもいのグループに分かれました。
各グループでは、自己紹介に加えて持ってきたマンガの紹介を行います。今回は3周年にちなんで、参加者のみなさんには「3」にちなんだマンガを持ってきてもらっています。
各テーブルで参加者が互いのマンガをじっくりと読みふけっている間、私は写真を撮ったりしていました。

発表タイムでは、それぞれの班から2〜3冊、「3」にまつわるエピソードと共にそのマンガを紹介してもらいました。たとえば

3月のライオン』(羽海野チカ)
奨励会を舞台にした少年の成長ストーリー。人のつながりが温かく、巻を進める毎にどんどん楽しく、面白くなってゆく
アドルフに告ぐ』(手塚治虫)
ナチス興亡の背景のもと、時代に翻弄される3人のアドルフの人生を描く
海辺へ行く道 そしてまた、夏』(三好 銀)
シリーズもの3巻目。作者の名前にも三が。ある町の点風景を描く短篇集。不思議と心に残るストーリー
読経しちゃうぞ!』(絹田村子)
神主、住職、牧師の3人の主人公が家業と実生活の間で苦悩するストーリー。彼らにとってのクリスマス、お盆とは?
ZUCCA×ZUCA』(はるな檸檬)
宝塚の追っかけでエラいことになっているドキュメントマンガ。神戸に住む妹(3女)にいきなりこのマンガを送り付けられ、熱く勧められた
サンクチュアリ』(史村 翔、池上遼一)
日本の裏と表から頂点を目指す2人の男のストーリー。「3(サン)」クチュアリだからオッケー?
寄生獣』(岩明 均)
今回3周年を迎えたマンガナイト。第1回の課題マンガがこの寄生獣だった!

「3」にもいろいろな解釈があるんだなあと感心してしまいました。面白そうなマンガに、思いがけず遭遇できた方もいらっしゃったのではないでしょうか。

さて第二部は、「3周年祭り」と題して代表山内からの3周年挨拶からスタートしました。マンガナイトのこれまでの活動歴から、これからの「イベント」開催、リアルな「場」作り、論評や紹介などの「執筆」、関連「プロダクト」の開発など、さらにマンガとヒトを繋げてゆく具体的なマイルストーンを発表しました。今後の進展は、当ウェブサイトでも随時更新してゆく予定です。

しばらくの歓談タイムの後、マンガ交換会を行いました。今回の「3」にちなんで持ち寄ったマンガを、お気に入りのセリフが書き込まれたしおりを頼りに、参加者同士で交換する趣向です。

集めたしおりを並べてみると、いろいろな「3」の理由を想像してしまいます。3が入っているタイトル、主人公が3人の物語、印象的なセリフが3にちなんでいる、第3巻である… どうみても3との関連が分からないものには、持ち主の個人的なエピソードがあるのかもしれませんね。それぞれのマンガに、それぞれの思い出があることを再認識しました。

各参加者に気になるしおりを取ってもらい、交換タイムのスタート。交換相手が見つからないときは、前回からさらに声量を増した「牛SHOUT」がセリフを叫び上げ、相手を呼び付けてくれます。牛SHOUTが失敗することはありません。なぜなら、交換相手が来るまで叫び続けるからです!

そこかしこでマンガを交換する姿、会話に興じるグループのシルエットなど、たくさんの風景をたたえつつ、夏の夜は更けて行きました。

会場の一隅に目を向けると、2012上半期お薦めマンガコーナーが設営されていました。近づけば、大量のバッヂをエプロンにあしらった書店員カズノコ氏がオススメマンガをレクチャーしてくれます。参加者の中でも特にマンガ通が集まり、立ち読みする人、タイトルをチェックする人がつめかけていました。
また本コーナーの一部には、知る人ぞ知るフリーペーパー「まんきき」のバックナンバーもずらり。

そして今回のイベントでは終始、メンバーが選曲したアニメの主題歌や、マンガに関わるアレンジミュージックが流れていました。懐かしの音楽に、イベントの途中思わず画面に見入ってしまう人たちも。

楽しい時間はすぐに過ぎてしまうもので、気がつけば閉会時間になっていました。
マンガと人がクロスオーバーする、暑くて熱い夏の1日となりました。これからもマンガナイトは3周年の先、5周年、10周年を目指して頑張ります。参加者のみなさまには本当にありがとうございました。
(本多正徳)


マンガナイトメンバーの木嶋雅史くんも、本イベントの参加レポートをブログで紹介しています!

詳細はこちら

藤子・F・不二雄の作風を、21世紀に継承する者

2012年は、ドラえもん誕生100年「前」の年なのだそうだ。

漫画「ドラえもん」の作者、藤子・F・不二雄の作品やメッセージを展示する「藤子・F・不二雄ミュージアム」(川崎市)は、今年9月にオープン1周年を迎えるにもかかわらず、休日は常にチケット完売という状況は変わらない。没後16年が経とうとしている今も、藤子・Fの日本一有名なマンガ家の一人としての存在感が薄くなる気配はない。

SFという語に、Science Fictionに加えて「すこし・ふしぎ」という語義を与え、「おなじみのキャラクター達の『すこし・ふしぎ』な日常」というジャンルを築いた彼は、一方で少ないページ数にセンス・オブ・ワンダーを盛り込み、読み応えのある物語として成立させる本格SF短編の名手でもあった。

石黒正数は、そうした藤子・Fの作風を、最も顕著な形で21世紀に継承しているマンガ家である。代表作『それでも町は廻っている』は、少年画報社「ヤングキングアワーズ」にて連載中の短編連作。女子高生・嵐山歩鳥とその家族や友人、彼女の暮らす下町の商店街の日常に起こるささやかな出来事がコミカルに描かれる。

コミックスの既刊は10巻を数え、2010年にはテレビアニメ化もされた本作の人気は、普遍的な絵柄、親しみやすく個性的なキャラクター、一話完結形式でしっかりと面白い物語を読ませる技術に拠るところが大きいが、それだけではない。正しく藤子・Fの二つの持ち味を融合した、伏線を張りひねってオチをつける短編スタイルと、スパイスとして挿入される「すこし・ふしぎ」なエピソードの存在が、類型的な「日常もの」と一線を画し、人気を支えている。

また、随所に現れる等身大の高校生のちょっとした不安や喜びの巧みな表現は、石黒独特の個性として光る。同時代の若者の共感を得ることは、藤子・Fらトキワ荘系作家が苦手とした部分でもあった。「すこし・ふしぎ」な物語で夢を与えつつ、現実世界に生きる若者の感情を活写できているバランス感覚もまた、『それ町』の重要な魅力になっている。

石黒は近年、作風の幅をどんどん広げている。『それ町』が気に入ったなら、『ネムルバカ』(徳間書店)、『外天楼』(講談社)などのほかの作品にも手を伸ばしてみてほしい。藤子作品における”ラーメン大好き”小池さんのような、複数の作品に自由に登場するキャラクターの存在を目にし、より石黒作品世界を楽しむことができるだろう。

文=鈴木史恵
1986年2月生まれ、千葉県出身。おもちゃメーカー勤務を経て編集・執筆業へ。マンガ好きとしての原点は物心つく以前から触れてきた手塚治虫と藤子・F・不二雄。24年組、80年代ニューウェーブ、ガロ系、それらの系譜にある青年マンガを中心に、面白そうなものは何でも読みます。マンガ以外の趣味は好きなバンドのライブや映画鑑賞など。

オリンピック開幕まであと1日 スポーツマンガのいまを考える

スポーツをテーマにしたマンガは市場でも根強い人気がある。その面白さはどこにあるのか。特に取り上げられたスポーツの経験がない読者にとっては、勝負の駆け引きや繰り出される技だけではなく、全力を出すことで現れる人間の魅力が大きいのではないだろうか。最近は選手だけではなく、監督や家族、卒業生など選手を取り巻く人物も描き、群像劇の色を強めている。

たとえば日本橋ヨヲコのバレーボールを題材にした『少女ファイト』(講談社)。主な登場人物の大石練は、小学校時代のトラウマが影響で、友人を作ることに不安を持っている。その練が、かつて自分の言葉で勇気をもらった小田切学と高校で再開し、小田切や幼なじみ、先輩や同級生との交流を通じて、徐々に人とつながることのうれしさを思い出していくのが基本的なストーリーだ。

だが人間関係の機微をうまく描く日本橋は、一人の人間の成長譚で終わらせない。男女の恋愛、友情、兄弟姉妹の関係、親子関係や先輩後輩などあらゆる人間関係を物語の中に重ね、味わい深い群像劇に仕上げている。結果、誰一人として「サブキャラクター」になっていないのだ。ほとんどの登場人物が自分なりのストーリーを持っており、あるキャラクターの抱える問題が解決することが、ほかのキャラクターの考えを変えるなど、複雑なストーリーが展開される。

根底に流れるのは、人が本能的に持っているのであろう「人から頼りにされたい」「人に必要とされたい」という思いではないだろうか。その思いが、あたかもバレーボールの球のようにキャラクターの間をいったりきたりするようにもみえる。

日本橋独特の切り絵のような力強い絵柄が、キャラクターが突き放されたり理解されなかったりするときに生じるひりひりした緊張感を強く訴える。一方で、キャラクターの表情と台詞 をちぐはぐにしたり、あえてキャラクターの思いを台詞にしなかったりすることで、読者の想像力に多くを委ねているようにもみえる。想像を通じて読者も キャラクターと同様に、人と深くかかわりたいと思っていることに気づかされるのだ。

登場人物はみな、何かがかけておりそれを埋めようとするが、そのためには一度自分のすべてをオープンにすることが必要だ。その自己開示をする場として、参加者全員が共通の目的を持ち、全力を尽くさなくてはならないスポーツは最適なのだろう。

さらには高校生ならではの「チーム内の温度差」に触れることで、キャラクター同士が理解を深めることに説得力を持たせている。「チーム内の温度差」は最近のスポーツマンガの特徴の一つともいえ、『おおきく振りかぶって』『ダイヤのA』などでも描かれている。

確かに中高生であれば、部活に参加する生徒には温度差があって当然だ。プロになる選手もいれば、体力をつけるためにはいった人もいるだろう。『スラムダンク』や『キャプテン翼』(ともに集英社)など1990年代までのスポーツマンガは、いい意味でシンプルだった。目標は優勝で、キャラクターは練習でぶつかる壁を乗り越える方法や、ライバルに勝つ方法を考えていた。

これに対し、『少女ファイト』では、卒業後も意識し、監督は勉強や生活態度も部員に意識させる。その上で目標を設定し、全員がそのために全力を発揮できるようそれぞれがかかえる事情を徐々に解決していく。この方法は、ビジネスパーソンが仕事上で プロジェクトを進めるうえでも参考になる手法ではないだろうか。

日本橋はどんな作品でも、キャラクターに寄り添い、複数のキャラクターの人間的な魅力を描き出し群像劇にまとめあげている。チーム内の温度差など現実的な側面を織り込んでいることも骨太な物語となる理由だろう。

日本橋の痛みすら感じさせる人間関係を描く世界に向き合うことで、自分の中に沈む思いを自覚したら、ぜひ『G戦場ヘブンズドア』(小学館)や『極東学園天国』『プラスチック解体高校』(ともに講談社)もぜひ読んでほしい。

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。

「マンガスケール」と「マンガ!? Tシャツ」の販売を開始しました

マンガスケール

マンガの表現や要素を抽出した、マンガっぽいマンガナイトオリジナルのプロダクトを、本屋B&Bにて販売を開始しました。

第1段は、これまでイベントのみで販売していた「マンガ!? Tシャツ」と、20個限定生産の「マンガスケール」の2アイテムです。

「本屋B&B」にマンガナイトの本棚が設置されました

B&B棚

下北沢に2012年7月20日オープンした、numabooksと博報堂ケトルの協業書店「本屋B&B」、店舗内にはマンガナイトがセレクトした「マンガナイトの本棚」があります。

 

「消費されない作品、朽ち果てない作品」をコンセプトに短編作品のみを取り揃えています。

マンガナイトオリジナルのプロダクトも販売しています。

乙女は乙女に王子様を夢見る

もともと同性愛ジャンルにはあまり興味がなかった。しかし昨今の女性同士の恋愛を扱った「百合」というジャンルに一種の変化があるように思え、変化後の「新しい百合」には興味をそそられる。

変化だと思ったきっかけは、2011年まで「りぼん」に連載されていた『ブルーフレンド』というマンガだ。ソフトボール部に所属し活発な性格で友達も多い中学2年生・栗原歩(くりはら・あゆむ)と、つんけんした態度でクラスの女子からは嫌われているが、その美貌ゆえに男子からは注目の的である月島美鈴(つきしま・みすず)。この対照的な2人は、やがて友情とも愛情ともつかぬ感情に絡めとられていく。

このマンガの特徴に、百合的感情が友情の延長線上にあることが挙げられる。

百合マンガの有名な作品として『マリア様がみてる』や『ささめきこと』などが知られているが、友情が始点ではなく、愛情や憧憬がスタート地点であることから「新しい百合」とは違うものと考えられる。また、物語の読み手が成人男性であり、身体性を伴う百合作品もまた違う。

いつかの十代だった女性なら、このような経験はないだろうか。

クラスの中で女子はグループをつくり、グループ内で仲良くする。だがその中には力関係や、誰が誰に何を話したか、誰と一緒に行動したか、まるで相手を監視し束縛するような——爽やかな友情とは程遠い経験を。その中でも特に“親友”だと思っていた相手が他の女子と親しくしていると、「自分の元を去ってあの子と“親友”になってしまうのでは」という不安。それはまるで擬似的な恋人同士のようだと思う。

『ブルーフレンド』の中にも、近い描写がある。美鈴は歩を唯一の友達として心を開くが、やがてそれは束縛へと変化する。「歩はあたしのこと好きだよね!?」「嫌いになったりしないよね!?」「じゃあもう他の女の子と仲良くしないで!」という台詞の必死さは、男女のそれに置き換えても違和感がない。作者はコミックスの柱で「複雑な友情模様」と書いているが、帯には「百合マンガ」とあるように、この2つの境界線は曖昧なものだ。

では、友情の延長としての百合マンガが今なぜ認知度を上げているのか? その答えは、最近ぐいぐいとその存在が広まった男性同士の恋愛を描く「ボーイズラブ(BL)」の対をなす存在としての、百合マンガがあると思う。

女性漫画家が客体ではなく主体として百合を描けば、男性目線の性愛やファンタジーな憧憬の世界ではなく、より投影しやすく共感を呼ぶ少女の友情/愛情の曖昧な境界に着地するのは不思議ではない。

果たして「りぼん」を読む少女たちにの目に『ブルーフレンド』はどう映ったのだろう。

歩に甘えないよう距離を取ることを考える美鈴に、「あんたと一緒にいるのは私の個人的なワガママだよ」と歩は言う。まさに“自分だけをみてくれる王子様”だ。だが美鈴は歩に守られるばかりの自分を変えることを決意、2人はぶつかりながらもお互いの友情と愛情を再確認し、別々の道を歩み始める。

自分だけを見てくれる相手、守ってくれる人。そういった相手を求めるのは、どの時代でも普遍だ。だが自分が守られたい、王子様が欲しいと願うばかりでは何も手に入らない。

『ブルーフレンド』は、少女と少女の複雑な友情と愛情を通して王子様を夢見るのではなく、少女たち自身が誰かの王子様になるべきだ、と教えてくれるマンガなのだ。

kawamata
文=川俣綾加
1984年生まれ福岡県出身。フリーライター、猫飼い。岡田モフリシャス名義で「小雪の怒ってなどいない!!」を「いぬのきもち ねこのきもち WEB MAGAZINE」にて連載中。ライターとしてのジャンルは漫画、アニメ、デザインなど。冒険も恋愛もホラーもSFも雑多に好きですが最終的になんとなく落ち着くのは笑える作品。人生の書は岡田あーみん作品とCLAMP作品です。個人ブログ「自分です。

夏のマンガナイト&3周年祭り

マンガナイトは2012年7月28日(土)「夏のマンガナイト&3周年祭り」を開催します。

今回は二部構成です(詳細は下記)。

夏のマンガナイトは、お馴染、小グループでマンガを回し読みした後に、読んだマンガや感想を共有するというイベントです。

※ マンガナイトの雰囲気はこちらのレポートをご覧ください。

今回は僕たちマンガナイトの結成3周年を記念して「3周年祭り」も開催。マンガ交換会や2012年上半期お薦めマンガコーナー開設もあり、新しいマンガに出会えることはまちがいありません。

「マンガナイト結成3周年記念」ということで、「3」「三」「Ⅲ」に関係するマンガをお持ちください。内容に3が関係するものだけはなく、個人的な思い出に3が関連している作品でもOKです。回し読みやマンガ交換を通じて、持ち寄ったマンガの内容やマンガにまつわるエピソードを共有できればと思います。

会場は、末広町最寄りのcafe Asan

最近マンガを読んでいない方から、月に100冊マンガを読むヘビーリーダーの方まで、マンガを介して気軽にコミュニケーションが生まれ、新しいマンガに出会えるイベントです。
みなさまのご参加をお待ちしております。

※ 従来のイベント「マンガリーディングナイト」は今回から名称を変更し、「(季節)のマンガナイト」として行います。
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第一部【夏のマンガナイト(回し読み読書会)】

  • 日時:2012年7月28日(土)18:00(開場17:45)~20:00
  • 参加料:1,000円(事前予約先着順)/1,500円(当日券)※ 1ドリンク付き(フードとドリンク2杯目以降はキャッシュオン)
  • 定員:30名

第二部【3周年祭り(マンガ交換懇親会)】

  • 日時:2012年7月28日(土)20:00~22:00
  • 参加料:1,000円(事前予約先着順)/1,500円(当日券)※ 1ドリンク付き(フードとドリンク2杯目以降はキャッシュオン)
  • 定員:50名(立食スタイル)

持ち物
「3」「三」「Ⅲ」に関係するマンガ。
第1部の回し読みと、第2部のマンガ交換企画で使用します。
※ 第2部では、そのマンガを他の参加者にマンガ交換企画で「プレゼント」として渡すことになるのでご注意ください。

主催
マンガナイト