「ヤングジャンプ」(集英社)に連載中の高橋ツトムによる『ヒトヒトリフタリ』は、若くして死に霊魂となったリヨンがある男の守護霊になるところから始まる。魂となった人間たちが住まう“幽界(ゆうかい)”で、魂をどう磨いていくかを学ぶため学校生活(のようなもの)を送っていたリヨンだが、サボってばかりの彼女はある日、「現世に降りて守護霊として修行してもらう」と言い渡される。そして守護霊がついていない無数の人間から彼女がたまたま選んだのは、なんと日本の総理大臣・春日荘一郎だったのだ。
輪廻転生の思想や、修行を積んで魂を磨く(つまり“徳を積む”)という考え方は仏教の考え方そのもの。リヨンは転生するためにしぶしぶ守護霊となり春日を見守るが、ある出来事を境にただの守護霊ではなく春日と“共闘”するパートナーとなる。
あの世の人間と、現世の人間による単純なファンタジーストーリーと全く異なるのは、たとえ宗教・心霊的な部分を抜いたとしても、総理という孤独な男が残された命をどう駆け抜けていくのか・彼は人生の命題をどう叶えていくのか、という部分の細かな心理描写が読者を惹きつけて離さないからだろう。
作中では“孤独な男”の象徴として総理大臣が描かれているが、現実生活で苦境に立たされながら「自分は孤独だ」と感じている人はたくさんいるはず。また、震災、不景気、高齢化といった日々のニュースも気分を鬱々とさせるには十分で、現世の人間たちにとって、閉塞感を打ち破る存在としての春日が描かれているのではないだろうか。特に震災以後、このマンガが発表されたのは意味があるような気がする。
高橋ツトムの死生を扱った他の作品、『スカイハイ』(不慮の事故や殺人で命を落とし、霊魂になった人間が「怨みの門」で3つの選択肢から進むべき道を迫られる、というストーリー)も再読する価値がありそうだ。
『スカイハイ』は“死後”にフォーカスすることで“生”を際立たせているが、『ヒトヒトリフタリ』では死ぬまでの残された時間・生き様を描くことで徹底的に“生”を照らし出していることも興味深い。両作品において魂やあの世の存在を通して訴えかけてくるところは、今日という日をより善く生きること、そして生かされていることへの感謝だ。
人間のドロリとした黒い部分の一瞬の隙間に光を照らし、道しるべとなってくれる。『ヒトヒトリフタリ』はそんな一瞬の光のようなマンガだ。
ヒトは必ず誰かに支えられている。もしも友達がいなくても、恋人がいなくても、家族がいなくったって、もしかしたら最後には守護霊が支えてくれているのかもしれない。