さらに、真っ赤なりんごはそれを食べて禁忌を破り、楽園を追放されるアダムとイヴの話も想起させる。
このようにりんごは、童話や神話においてなかなかキャッチーな存在だ。
そして真っ赤なりんごが重要な役割を果たする『千年万年りんごの子』は、現代の新進漫画家が描く、昭和を舞台にした漫画である。
時は昭和23年、大寒波の年。
雪の日に寺に捨てられていたという雪之丞(ゆきのじょう)は養父母によって愛情をもって育てられたが、孤独感から早く家を出て独り立ちしたいと思っていた。
一方リンゴ農家の娘・朝日は「自分が農家を継ぎたい」と、入り婿を求めていた。
こんな”条件の合致”から2人は結婚し、夫婦に。
激動の昭和、雪がしんしんと積もる土地で生活を送っていたある日、雪之丞があるりんごを朝日に食べさせてしまったことで、村の禁忌を犯してしまう。
朝日は土地の神様から祝福を受ける代わりに——というのがこの話。
白雪姫やアダムとイヴの話は、時に少しずつその物語の形を変えながらも脈々と現代に至るまで受け継がれてきた。
この漫画もまた、伝統的な神話や物語の原型を現代のお伽話へ昇華させたものだ。
日本の土地信仰や禁忌といった民俗学的側面を織り交ぜながら、天真爛漫さ・健気さ・母性をもつ朝日というヒロインを登場させることで童話性を打ち出している。
朝日の場合はりんごを口にしたことで追放されるのではなく「神の嫁(巫女)」になってしまうが、神の意思に触れる、という部分ではアダムとイヴの話が頭をかすめる。
雪之丞は「養父母が実の親のことを何か知っているのではないか」と思いつつ、事実を知ることを恐れ、何も深追いすることなく、いつも何かを諦めて生きてきた。
だが、「今回ばかりは諦められるか」と彼は心を決める。
果たして、雪之丞は神を相手に朝日を守り抜くことができるのか。村の禁忌の謎を解き明かすことができるのか。
まだお互いを深く知らずとも、条件の合致で結婚を決めてしまうお見合い(しかもそれでうまくいっている)、大家族での賑やかな生活、田舎の近隣事情など、経験したことがなくともどこか懐かしさを感じさせる。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」ほど露骨な郷愁ではなく、作者の画力によって情景豊かに淡々と描かれる点が、映像を越えて妙にリアルだ。
この『千年万年りんごの子』というマンガは、古今東西の神話や童話を原型に、昭和という時代を着せることで古き良き日本の郷愁を感じさせる。
田舎の雪国・狭い村を舞台に、もう体験することのできない憧れを過去に描くお伽話のようだ。
しんしんと積もる白い雪と真っ赤なりんごのコントラストは、鮮やかな反面どこか禍々しくも見える。
関連サイト
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