配役やアクションの魅力はもちろん、原作のもつイメージを壊さなかったことで、原作ファンからの反発が少なかったためだとみられる。
原作から抽出したキャラクターの特徴を生かしながらも、物語の展開を現代の観客にあうように組み替えたことが寄与したようだ。
8月末に公開した映画『るろうに剣心』の興行収入は9月20日時点で25億円(先行上映を含む)を超えた。
興行通信社によると8月最終週の興行収入で邦画部門の1位になったという。
原作の世界観を壊されることがこわくて、マンガ原作の実写映画になかなか足を運ばなかった筆者も知人に誘われて見に行ったが、記憶の中にあるマンガ『るろうに剣心』のイメージをこわされず、アクションシーンや音楽など映画ならではの演出を満喫できた。
『るろうに剣心』は1994年から1999年まで「週刊少年ジャンプ」で連載された作品だ。
幕末に暗殺者として活躍した「人斬り抜刀斎」—緋村剣心が主人公。
明治という新時代で生き方を模索する人々を描き、『DRAGON BALL』『SLUM DUNK』の連載が終わった後の「週刊少年ジャンプ」の販売を支えた。
マンガを原作にした映画が興行収入で成功を収めるには、新規ファンの開拓はもちろんのこと、原作ファンの多くも観客として引き付けなければならない。
だがこれまで制作されたマンガ作品をもとにした実写映画のなかには、マンガのファンから敬遠されたものも少なくない。
マンガ『DRAGON BALL』がハリウッドの映画会社によって実写化された際は、キャラクターの設定で原作との差が大きく、主に日本の原作のファンからは批判の声があがった。
それに対して『るろうに剣心』が原作ファンの反発を最小限に抑えられた理由は何か。
私は、批評家の東浩紀氏の提唱する「データベース消費」の仕組みを無意識に応用したためではないかと考えている。
「データベース消費」は東浩紀氏は2001年に出版した『動物化するポストモダン』(講談社)のなかで、1990年代のオタク文化に特徴的な消費行動として提唱した。
「データベース消費」とは、ある文化圏の消費者が、マンガやアニメなどの世界を楽しむ際、そのマンガやアニメ全体の物語や世界観ではなく、その文化圏で共通する要素を情報として蓄積したデータベースを構築し、それを自由に組み合わせて楽しむことだという。
映画『るろうに剣心』はこのデータベース消費の仕組みをうまく応用したのではないだろうか。
主人公の頬の刀傷、逆刃刀、旧幕府側の新政府への恨み、過去におったトラウマ、——それぞれのキャラクターが持つ身体的特徴や性格はそのまま維持し、すでにキャラクターの特徴を自らのデータベースに入れた原作ファンにとってはズレがないようにしつつも、演出や物語の展開はマンガの表現にとらわれず、「アクション時代劇」として楽しめるようにしている。
たとえば、主人公の剣心や斎藤一が原作中で技を披露するとき、多くの場合はコマの中に技の名前が明記され、あたかもキャラクターらが技の名前を叫んでいるようにもみえる。だが映画では、剣心や斎藤一はほとんど技の名前を自ら披露することはない。
そのため、剣での戦いにリアリティが生まれており、アクション豊富な時代劇として見応えがあるのだ。
物語も原作の二つのエピソードを無理なく組み合わせ、主人公の過去と、新時代との衝突をうまく描いた。
むしろ新時代を望んだ主人公が、その新時代になじめない葛藤、正義のために人を殺せるかというテーマなどはマンガよりもより強く表現されていたように思う。
パンフレットのインタビューによると、原作にはない登場人物のセリフもあったようだが、原作の設定を維持したキャラクターや世界観にあっており、違和感はまったく感じなかった。
2次元のマンガと3次元の映画では、読者や観客の受け止め方が違う。
単に忠実に再現するのではなく、それぞれのメディアのよさをいかした「再現」が成功したのだろう。
では原作者の和月伸宏氏はこの動きをどうとらえているのか。
9月に発売された『るろうに剣心 特筆版』(集英社)の後書きを拝読すると、「キャラクターが変わらず魅力的であればパロディーはOK」と述べている。
実際、特筆版に収録されている「キネマ版」は映画版のシナリオを考える際に出てきたアイデアで採用されなかったものをまとめたという。
90年代に連載された作品を知っている筆者からは、やや驚きの物語の展開もあったが、もし初めて読んでいたら、魅力的なキャラクターが明治という混沌とした時代を駆け抜ける物語に没頭しただろう。
『宇宙兄弟』『テルマエ・ロマエ』『僕等がいた』『ホタルノヒカリ』… 今年に入っても数多くマンガが実写化されているが、『るろうに剣心』の映画化と再連載は、旧作マンガの新たな活用方法のひとつとなるのではないだろうか。
関連書籍
『動物化するポストモダン』(東浩紀)講談社
『ゲーム的リアリズムの誕生』(東浩紀)講談社