『逃げるは恥だが役に立つ』は女性向けの月刊誌「Kiss」で連載中で、6月中旬に第1巻が発売された。主人公、森山みくりは大学院を出たものの就職先がなく、派遣社員として働いていたところ勤務先の都合で派遣切りにあう。父親の部下の家で家事代行サービスを請け負うも、家族が引っ越すことに。そこで住み込みで家事代行サービスをするために雇い主と共謀し、事実婚を偽装することにした。
ここで読者の前に示されるのは、いささか極端ながら「恋愛以外の結婚までのルート」である。
婚活という結婚へのルートは、結婚を意識する男女にとって大きなテーマになっている。昭和期までの結婚観は「男女ともに一定年齢までに結婚するもの」だった。社会的プレッシャーや周りのお膳立てもあり、特に結婚のために特別な活動をする必要はなかった。女性の仕事場が限られ、「女性は25歳までに結婚して家庭にはいるのが当たり前」といわれていた時代、女性にとって結婚とは生活の手段のひとつであり、父親の庇護から夫の庇護に移ることだった。男性にとっても一人前の社会人と認められるために、結婚は不可欠で、パートナーの女性が必要だったのだ。
だが現代、女性が仕事を持ち、働き続けることは当時よりも容易になった。未婚の男性も半人前とは見られなくなりつつある。彼らにとって結婚は、経済的・社会的保証ではなく、愛情ある相手との半永久的なつながりの維持となった。だからこそ「この相手でいいのか」と結婚相手に迷うことが増えている。
この現状に、マンガの中の結婚の描き方は追いついていなかった。従来は「ときめきトゥナイト」「恋愛カタログ」(ともに集英社)など好きになったもの同士がつきあえば、当然結婚または永遠に一緒にいることを意識させられるか、「ぽっかぽか」(講談社)のように結婚後の夫婦の課題を描くことが一般的だった。その間に存在するはずの「結婚までのノウハウ」はすっぽり抜け落ちていたのだ。読者、特に女性は、現実には恋愛即結婚ではないことに気がついていたのに、である。
結婚までのルートを模索する読者に「結婚は愛情だけでなく生活の手段の一つである」と示したこの作品はどう受け止められるだろうか。もちろん「現実にはありえない」と反発もあるだろう。だが、きちんと読むと他人と暮らすことのよさを実感できる。結婚も悪くない――そう思えるほど、海野氏は細い線のきちんとした絵柄で淡々と登場人物らがきちんとお互いの思いや考えを伝えあいながら、穏やかな日々を暮らす様子を描いている。海野氏が丁寧に選ぶセリフは、結婚を考える人にも結婚に懐疑的な人にも刺さるものがあるだろう。回り回って、読者の結婚を後押ししているのだ。
結婚に対する社会的な圧力が減ったいま、20~40代の適齢期にある世代は、「何のために結婚するのか」と悩んでいる。そしてほかの人がどう考えているのか気になっている。ネットの結婚情報サービスを使って結婚に至った過程を描いた『31歳BLマンガ家が婚活するとこうなる』(新書館、御手洗直子作)がヒットするなど「結婚までのノウハウ」は女性にとって(もしくは男性にとっても)、他の人の事例をのぞき見したい分野のひとつなのだ。
結婚しなくてもいい時代になぜ結婚するのか。そのためにはどうすればいいのか――こう思う読者にとって、結婚が運命づけられている恋愛やすでに結婚した夫婦を描くだけのマンガでは満足できない。「マンガのなかの結婚」は読者の欲求に答えることで転換期を迎えている。