『ニセコイ』は2011年連載開始。現在単行本で4巻まで発売されている。11月上旬に1周年を迎えた号ではみごと表紙と巻頭カラーを飾り、現在1巻は6刷りと、人気が伸びていることを示している。
話の展開は、気弱な男の子を様々なタイプの女の子が取り巻くハーレムタイプのラブコメだ。主人公、一条楽は実家がヤクザであることをかくして学校生活をおくる、気弱な少年。(暴力団を排除する法律ができたあと、この家はどうやって収入を得ているか気になる)親の約束で突如婚約者を持つことになり、ほのかに好意をよせるクラスメートとの間で揺れ動くことになる。
これまで「ジャンプ」に、恋愛を重視するマンガがなかったわけではない。
「ジャンプ」ではこれまでもいくつかの恋愛を重視するマンガを連載していた。古くは『きまぐれオレンジ★ロード』(まつもと泉)、『電影少女ービデオガールー』(桂正和)、『D・N・A2〜どこかでなくしたあいつのアイツ』(桂正和)。最近では『To LOVEる』(矢吹健太朗(漫画)・長谷見沙貴(脚本))など。ただ一定程度の熱狂的なファンを獲得するものの、かならずしもその都度ランキング上位にくるわけではなかった。歴代の連載作品のうち100話をこえたものは限られている。また、まったく恋愛マンガを掲載していなかった時期というのも存在するようだ。
一方でいま、『ニセコイ』が「ジャンプ」内でも幅広い人気を獲得しているのはなぜだろうか。「友情・努力・勝利」を雑誌のコンセプトとするジャンプで、物語の主軸が「恋愛」(=男性にとっては女性を得ること)におかれた作品に人気が集まるということは、男性が重きを置くことが、「友達との絆で努力して得られる勝利」よりも「女性」に移ったということができる。評論家のササキバラ・ゴウは『<美少女>の現代史』(講談社)で、「マンガの主人公の男の子は徐々に女の子のために戦ったり何かを目指したりするようになった」と指摘しているが、『ニセコイ』はまさに女性を獲得することが目標というテーマを世界の救済や敵への勝利が目的だったジャンプでも表現し始めたといえる。
この作品が、男性の「多くの女性からちやほやされたい」「女性から好意を寄せられたい」という欲望をストレートに表現していることもみのがせない。進化心理学の研究では、男性はより多くの女性の恋愛し、子孫を残そうとするといわれている。だからこそ、1970年代、人気を集めた作品『うる星やつら』(高橋留美子)で、諸星あたるは積極的に多くの女性にアプローチしていた。男性にとって女性にアプローチをすることは、男性性の証明でもあるようだ。
ひるがえって『ニセコイ』では、女性側がアプローチする。気弱なクラスメートが教室に呼び出したり、普段はつれない子がお祭りにいきたそうなそぶりをみせたり。これが少年向けのジャンプというレーベルで人気を集めているということは、現実の恋愛でも、多くの女性にとりあいされたい、できれば女性側からアプローチされるのが理想だと考えているようにみえる。
だが作品をよく読むと、男性側も女性側もそれぞれのアプローチは必ずしも相手に届いていないのだ。主人公の楽がほのかな思いを寄せる気弱なクラスメートは、実は主人公のことが好きなのに、楽はまったく気がついていない。その後の登場する女の子からも「こいつ、悪くないな」と思われているのに、楽本人は、「嫌われているだろうな」と思いこんでいる。誰も思いを伝えないため、話の展開上も失恋はせず、ずっと心地よい関係を続けている。
評論家の中島梓は「コミュニケーション不全症候群」のなかで「少女も少年も誰にでも好かれなくてはいけない、好かれることが価値であり愛されない人間は存在する事が許されないと刷り込みをされる」と指摘。さらに「一方通行の典型的な関係性こそがコミュニケーション不全症候群の本質」で「かつては当たり前と考えられていたような相互的な人間関係を築くことができなくなってしまった」と分析している。まさにこの作品に登場するキャラクターのやりとりを言い当てているように思えるのだ。
表面的には取り囲まれる女性にちやほやされつつ、コミュニケーションはすれ違うことでけして傷つくことはない——男性にとって気持ちのいい世界かもしれないが、これをよんでもクリスマスまでに恋人はできないような気がするのは私だけだろうか。
参考
『コミュニケーション不全症候群』(中島梓)
『<美少女>の現代史』(ササキバラ・ゴウ)
ブログ「アスまんが」