起業家、投資家、ハッカー。現実に肉薄する描写

フィクション、特にマンガの昔からの役割に、経験できない世界を見せるという役割がある。さだやす『王様達のヴァイキング』(深見真ストーリー協力、週刊ビッグコミックスピリッツで連載中)は、普通の人がなかなか経験しにくい起業や事業たちあげの瞬間を冒険物語ととらえ、私たちに疑似体験させてくれる一作だ。

タイトルにある「王様達」の一人であろう登場人物の是枝一希は、高校中退。パソコン・プログラミングだけが世界とつながるツールという人物。もう一人の坂井大介は個人の資金やノウハウ、ネットワークを提供し、企業を支援するエンジェル投資家だ。この二人が出会い、ハッカーの力でネットセキュリティ分野の新規事業を立ち上げていく。

これまでも起業家を取り上げたマンガはあったが、多くが成功した起業家の一代記。だが本作は、綿密な取材を元に、事業を見つけるところや起業に対する社会の反応を組み込みながら、その工程を魅力的な物語に仕立てている。「今から俺とコーヒーミーティングでも」などキャラクターの細かな台詞にも今の起業カルチャーが反映されている。

このように魅力ある物語になるのは、起業・新規事業立ち上げがまさに冒険そのものだからだ。
海のように広大な市場への挑戦であり、けして一人ではできない。時には波のような周囲からの反発もうけつつ、それでもできるか――経済活性化に起業や新規事業が求められる風潮で、普通の生活からは想像しにくい世界を、フィクションを使いながら読者にこう訴えかけているのだ。

さらにおもしろいのは、起業家・投資家をダークヒーローとして描いていること。ダークヒーローは古くは手塚治虫氏のブラック・ジャックなど「ヒーローだが社会からなかなか理解されない。でも傍に必ず一人は認めてくれる人がいる」存在。もちろん現実世界の起業家がすべてダークヒーローというわけではないが、最初の理解者が少ないという点では起業家をこの系譜に位置づけたい。本作でも是枝や坂井には当初理解者が少なく、既得権益者からは懐疑的な目でみられる。是枝や坂井も、行動と技術で徐々に「味方」(例えば顧客)を見つけていくことになるのだろう。

起業や新規事業の成功率は非常に低く、全員が簡単にできるわけではない。だが未知の文化への扉となり、読者をわくわくさせてあこがれを抱かせる――作られた物語というコンテンツが担う役割を改めて実感させてくれる。

(bookish)

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。