「マンガ」はどのように展示できるのか――マンガをアート文脈で捉える機会が増える中、美術館やギャラリーでのマンガの展示方法は模索が続いている。4月6日から6月8日まで東京・墨田のマンション内の小さなギャラリー「AI KOKO GALLERY」で開催された、マンガ家・西島大介氏の「『すべてがちょっとずつ優しい世界』展」は、マンガという複製芸術を見つめなおす西島氏の見方を学びつつ、この問いを考えるきっかけになる挑戦的なものだった。
展覧会は西島氏の新作『すべてがちょっとずつやさしい世界』(出版社:講談社、以下「すべちょ」)をテーマにしたもの。同作は、ある村に「ひかりの木」が植えられ、村の住民の生活や環境が変化していくさまを寓話的に描いた作品だ。東京電力福島第一原子力発電所の事故を思い起こさせ、2013年に第3回広島本大賞を受賞した。
展示会には最終日の6月8日(土)に訪れた。ギャラリーに入ってまず驚いたのは、「すべちょ」の原画が床一面に無造作に広げられていたことだ。市販のトンボの入ったマンガ用原稿用紙に、ペンで描かれた絵。写植前のセリフが鉛筆で描かれており、「どちらのセリフか迷っています」など、単行本を読んでいるだけでは目にすることのない、一種の生々しいやりとりが見て取れた。しかも、一般的な原画展のように額縁に入っているわけではないので、気軽に手にできる。
原画が敷き詰められた床の両側の壁には、西島氏が今回の展示のために描き下ろしたドローイングが飾られており、部屋の奥のテーブルには「すべちょ」の単行本や過去の西島氏の作品も一部、並んでいた。原画はマンガ家が生み出したオリジナルで非常に価値があると考える私には、床に広がる原画は越えられない川のように思えた。だがギャラリストの小鍋藍子さんの「原画を越えて、単行本や新たに描き下ろした作品を見に行ってください」という声に後押しされ、恐る恐る部屋の奥のほうに進み、ドローイング作品や西島氏の単行本を見ることにした。
額縁に入った作品は、マンガ用原稿用紙を一度ホワイトで塗りつぶし、その上からポスカで描かれている。原稿に比べて色のムラが少なく、西島氏のやさしい絵柄を十二分に味わうことができた。木製パネルに描かれたものもある。
西島氏の絵はいまでもすべて手描きだ。特に「すべちょ」における西島氏の絵柄は、彼の過去の作品よりも線が柔らかくなっているように私には見える。彼の絵柄は、非常に記号性が高い。手描きによるやさしさを含有した線で人物造形をデフォルメ化しているからこそ、「すべちょ」のように巨大な力でコミュニティが崩れていく様子など批評的なメッセージをバランス良く描くことができているのではないだろうか。
通常このような展示会にマンガ家本人が参加することは少ない。だが「西島さんをひとりのアーティストとしてとらえ、彼の考えそのものを展示したかった」(小鍋さん)ことから、無料電話ソフトのスカイプで西島氏と話ができる機会も用意されていた。訪れた日も広島にいらした西島氏にスカイプを通じて展示会や作品の狙いを聞くことができた。
なぜマンガ作品の展示が、今回のような形態になったのかという疑問に西島氏は「そもそもマンガの原画を展示するつもりはなかった」と断言する。一般的にマンガ作品をテーマにした展示会では、その作品の世界に入り込めるものやネームなどメイキング過程を見せることが多い。だが小鍋さんから「アートとして一点ものを作成してください」といわれたことで、西島氏はマンガとギャラリーで扱われることが多いアートの違いを徹底して考えた。その結果「マンガは複製品の単行本が完成し流通することがうれしいが、アートは一点もの。アートはひとりでも気に入った人がいれば売買が成立して価値がつく。関係性がまったく別のもの」(西島氏)との考えに至った。それがドローイング作品の作成につながっている。もともと西島氏のマンガを知らなくても、ふらりと訪れた人が純粋にひとつのアート作品として気に入ることもあったという。
実は過去に、出版社が西島氏の原稿を紛失したことがある。そのとき版下データさえあれば出版できた経験から、西島氏は原稿に愛着を持ちつつもその金銭的価値には懐疑的だった。「単行本という複製形態のものをつくるための材料にしかすぎない原稿はアート作品ではない」(西島氏)。そのため原稿は床に広げて、あたかも価値がないもののように展示。その原稿より空間的には上部にある単行本やパネル作品に価値があるということをギャラリー全体を使って示したのだ。
だが彼も原画の価値を完全に否定しているわけではない。「あらゆる価値観を認めたうえで、他のマンガ家の展示を否定したくない」という西島氏。今回の展示会でも来場者にはサイン入りの「一点もの」の単行本がもらえた。「単行本の販売数が増えることで出版社にもメリットがある」(西島氏)。
西島氏はこれまでもマンガ家としてだけではなく、アートディレクターや、「DJまほうつかい」としても活躍している。(DJまほうつかいとして楽曲も発表)。「マンガ家として9年間仕事をしてきましたが、今回、一点物の作品を作ることで、今回少しアートの分野に踏み出しました」(西島氏)。今後はアート分野でもファン層を広げていきそうだ。
過去に別の出版社の展覧会を訪れたとき、マンガ家によって「原画・生原稿」に迫力の違いがあることを実感した。手描きの原稿を見て、印刷物の単行本では伝わりにくい迫力を感じさせるマンガ家がいる一方、制作過程をすべてデジタル化しているため、「原画」が平板な印刷物になってしまっている作品もある。今回の展示会は「トータルの考え方を展示する場こそ展覧会である」という西島氏だからこそ実現したものだ。マンガをアートの流れの中に位置づける動きが増えてきているいま、「何ができるのか」を考える大きなヒントとなるだろう(bookish)。