2012年度の文化庁メディア芸術祭・マンガ部門は、大賞に海外の作品が初めて選ばれたことで話題となった。受賞作は、フランス・ベルギー地域のコミック“バンド・デシネ”のひとつ『闇の国々』(原作:ブノワ・ペータース/作画:フランソワ・スクイテン)。1ページを1週間かけて描いたという緻密な画は、マンガというよりもまるで美術作品のよう。いわゆる“マンガ”に慣れ親しんでいる私たち日本人がもつマンガの概念を覆すものだった。
そもそもマンガとは? 世界のマンガってどんなものだろう? 私たちが普段何気なく読んでいるマンガは、実はとっても一部のものなのかもしれない…… このように自分の“マンガの世界”を広げてくれるのが、日本以外で出版されているコミックスなのだ。今年で3回目の開催となる「ガイマン賞」は、これらの作品との幸せな出会いのきっかけになるだろう。
「ガイマン」は「外国のマンガ」という日本語を省略した造語で、「アメリカン・コミックス(アメコミ)」、フランス語圏の「バンド・デシネ」、韓国の「マンファ」など日本以外の国・地域で作られたマンガのこと。
ガイマン賞は“読者が選ぶ海外マンガの賞レース”だ。過去1年間に日本で翻訳出版されたガイマンが対象で、読んだ人は公式サイトや投票箱を通じて、感想とともに好きな作品に投票できる。人気ランキングを作ることで1年のガイマンを振り返るとともに、新たな読者の開拓・普及を目指していく。第3回目となった2013年度は、2012年10月1日〜2013年9月30日に出版されたガイマン85作品を対象に、9月14日〜11月17日の約2カ月、投票を受け付けた。
投票期間中は主催の米沢嘉博記念図書館(東京都)、京都国際マンガミュージアム(京都府)、北九州市漫画ミュージアム(福岡県)の3カ所の施設で、全作品が誰でも読めるよう展示されていた。
「日本であまり知られていないガイマンの魅力を広く知ってもらおうとスタートしました」と話すのは創設者のミソトミツエさん。初開催の2011年はWebサイトだけで投票とレビューを募り、「この海外マンガがすごい!2011」としてまとめた。2012年からはマンガ施設と共同開催する「ガイマン賞」にスケールアップし、実際に人々が作品を読める現在の形になった。
ガイマンを気軽にまとめて読める場所の意味は大きい。「日本でも最近ガイマンが徐々に翻訳出版されてきているものの、日本のマンガに比べ高価格の上、販売店舗も限られており、ビニールで包装されていて試し読みもできない場合が多い。読者にとっては手が出しにくい環境になっています。ガイマンに興味を持った方が参考にできるランキングやレビューといったガイドと、賞を通じて実際に作品が読める機会を提供できればと思いました」(ミソトさん)
ガイマン賞に関連し、投票箱を設置した各会場ではガイマンに関わる作家や編集者、翻訳者などを招いたイベントも定期的に実施。2013年11月2日には米沢嘉博記念図書館でトークイベント「ケン・ニイムラと担当編集者が語る『I KILL GIANTS』とマンガとガイマン」が行われた。
登壇者は漫画家のケン・ニイムラさんと小学館『IKKI』編集者・豊田夢太郎さん。司会はバンド・デシネ翻訳者の原正人さんが務めた。
ご自身もガイマンが好きだという豊田さん。トークショーではニイムラさんが作画したコミック『I KILL GIANTS』(原作:ジョー・ケリー、訳:柳亨英)と出会い、2012年末にIKKIコミックスとして翻訳出版するまでの苦労と喜びを語った。
『I KILL GIANTS』は、ニイムラさんがアメリカの原作者から依頼を受けて制作したワールドワイドな作品だ。2008〜2009年に全米でオルタナティブコミックとして刊行され話題になり、2012年初頭に外務省主催の第5回国際漫画賞で最優秀賞受賞を獲得。6カ国語に翻訳されている。内容は、自分は選ばれし<巨人殺し>だと思い込む妄想少女が孤独などの苦境を乗り越えるというもの。日本風にいいかえれば「中二病女子の成長物語」だ。
ただこの作品は、物語がおもしろいだけではない。その魅力的なビジュアルにも大きな反響が寄せられているのだ。
翻訳版を担当編集した豊田さんは「ニイムラさんから初めて見せてもらった作品の表紙にひとめぼれした」と話す。家に置いておきたくなるセンスあふれる風格に「やられた!」と、その場で日本での出版をオファー。前からニイムラさんのようなキャッチーでキュート、そしてカッコイイ絵柄を描ける人を求めていたこと、ガイマンはオールカラー作品が多い中、同作は日本で主流のモノクロ作品だったのも大きなポイントだったという。
通常、翻訳作業は翻訳者がその意味を解釈しながら(時に、そこにとても苦心しながら)進められる。だが、今回はニイムラさんが日本にいるということで、「この意味は?」と一つ一つ確認しながら進めたという。
制作過程では異例づくしの工程がいくつもあった。 物語には日本にはないものが登場する。例えば『I KILL GIANTS』冒頭の授業風景。アメリカの学校では、その職業の魅力を語るという授業があり、外部から人を招いて話をしてもらうのだそうだ。日本の学校ではこうした授業はないので、一読しただけでは一体何が行われているのかわからない。まずは日本の読者が読みやすいようこうしたポイントをわかりやすくする作業が必要だった。日本語にすることで文字数が多くなるため、フキダシも大きくしている。
作り手と翻訳者が直にやりとりしたこともあり、翻訳の精度が高く、一方で日本の読者も読みやすい日本版『I KILL GIANTS』が完成。「アメリカの作品が見事な日本仕様になって……もう、小躍りして喜びましたね」と、ニイムラさんは顔をほころばせた。
国境を越え色々な作家のマンガが並んだ雑誌づくりを見据え、「海外の作家が日本で作品を生み出せる環境づくりが進めばいいと思う」と豊田さん。トークイベントを締めくくったこの言葉が実現すれば、一体どんな風になるのだろうか?漫画家も編集者も読者も、これから読者になる人も、この未来予想図にきっとわくわくするはずだ。
これまで知らなかった制作方法や表現スタイルをガイマンから見つけるたび、「自分の知っていたマンガは、狭かった!」という気持ちのいい驚きがあった。ガイマン賞が盛り上がることでマンガの可能性の面白さと驚きに、幾度となく出会えるに違いない。(TAKAHIRO KUROKI)