というのは、映画や単発テレビドラマ、マンガも大正・昭和を舞台にした作品が多く、現代人のハートを掴むのは未知なる近未来への想像ではなく、経験したことの無い過去への郷愁のように思えるのだ。
マンガ作品においてもそれは顕著だ。大正を舞台に女学生によるドタバタギャグを描く『大正ガールズエクスプレス』(日下直子/講談社)、男子学生で結成された「文學倶楽部」に男装してまで仲間入りし、文学の道を突き進む少女を描く『ましまろ文學ガール』(天乃タカ/エンターブレイン)。
そして、他人の夢の中に現れ不思議な“予言”をする少年とウェイトレスによる昭和モダンファンタジー『十十虫(てんとうむし)は夢を見る』。
多くの作品が、現代の多くの読者が知らない“過去”を舞台にしている。
特に、大正〜昭和初期の作品には“つくりこみ易さ”もあるのか、時代設定の舞台になることが多い。
この時代は日本の近代化において大きな変革の時代だった。
江戸時代を脱した日本は、明治時代に文明開化で近代化の道を進む。
そして大正文化となると、日本独特の文化に西洋文化を大きく取り入れ、自由と発展を謳歌する時代に入る。
宝塚歌劇団の誕生、ラジオ放送の開始、洋食文化の発展、そして芥川龍之介といった数多くの文豪を生んだのもこの時代だ。
現代の日本人に近い生活スタイルや文化が、この時代に生まれたのだ。
もう一つ特徴的なのは、大正〜昭和初期、1930年代の「昭和モダン」に突入するまでの、「大正浪漫」という言葉。
2011年の講談社「Kiss」編集部による日下直子へのインタビューで、彼女は「乙女チックな和の世界=大正」だと思った、とこたえている。
ファッション、建築、食にいたるまで、その独特のデザイン性はひと目みるだけで「大正浪漫」を想起させ、ある種の記号として確立している。女子学生の袴姿を描くこともできれば、女性のモダン・ガール姿まで描くことも可能なこの時代。
漫画家にとっても一層の描く楽しさがあるのかもしれない。
こうした時代背景をうまく利用し、史実を織り交ぜつつストーリー展開へ運んでいるのが『十十虫は夢を見る』だ。まだ大正時代の面影が残る昭和初頭が舞台のこの作品には、無声映画からトーキー映画への変容期をテーマにした事件、関東大震災で妹を失った兄による“予言解き”などが、ミステリ&ファンタジー風に描かれている。
先述の「乙女チックな和の世界」が好きな読者ならば、必ず魅力を感じられるような作品だ。
独自の時代背景を生かしたストーリー展開は、絵もストーリーも輝かせる。
この時代設定と現代日本人の“憧れ”と相乗した結果が、大正・昭和作品の多さなのだろう。
では、たとえば50年、100年後の未来。
この“憧れ”はどの時代に向かっていくのか。そう考えるのも、また楽しい。