“これからの日本の漫画家”といえば誰だろう?それは、気鋭の漫画家のひとり・田中相。2010年3月に創刊された講談社の「ITAN」(隔月誌)で鮮烈なデビューを果たした若手漫画家だ。2011年7月に短篇集『地上はポケットの中の庭』を発売し、現在は『千年万年りんごの子』をITANに連載している。そして、平成24年度 第16回文化庁メディア芸術祭では『千年万年りんごの子』がマンガ部門新人賞を受賞。その圧倒的な画力も紡がれる物語も、全てにおいて注目の漫画家なのだ。
この記事では、インタビューを通して田中相とは一体どのような人物なのかを明らかにしていく。
ずっと「マンガは描けない」と思っていた
母と伯母がマンガ好きで、水野英子さん、山本鈴美香さんや和田慎二さんなどの少女漫画がたくさん本棚に並んでいました。子どもの頃からマンガが身近な存在で私も大好きでした。小さい頃は漫画家になりたいなと考えていたんですが、真似事をするうちに「自分では無理そうだ」と思うようになって。高校の時には既に「漫画家になりたい」とは考えなくなっていました。もちろん、ずっと憧れはありました。
私には姉が一人おりまして、高校生だった姉は清水玲子さんが大好きで絵をそっくりに描けるほどで。それが本当に上手で「私はできない」と思っていました。マンガの形式にしてもコマを割り始めたものの完成させることができず、という感じで。よくあるタイプかな?(笑)「見る」と「やる」とでは大違いですね。だから、通っていた高校のデザイン科を卒業したらそのまま就職して働こうと思っていたんです。でも、結局は美大を選びました。
小学生の頃は『ドラゴンボール』の神龍を描くのが得意で、クラスの男子に頼まれることも多かったという田中さん。
ちょっと時間の猶予が欲しくて……親には申し訳ないのですがモラトリアムというか(笑)。短大でいいから美大へ行こうと画塾へ通いましたが、そこから大きく変化したと思います。この画塾の先生にはすごく影響を受けましたね。そして先生から「美大へ行かなくとも絵はかける、それでも受験するなら4年制の大学を目指してみては」とアドバイスをいただいて、その先生の母校を目標にすることにしました。
お恥ずかしながら当時は「自分は絵がうまい」なんて考えていたんですよ(笑)。でも画塾でデッサンの講評会をした時にその自信が崩れ落ちました。その後は、素直に自分は下手なんだと自覚できているので大変ありがたかったです。印象に残っているのが「田中は途中であきらめている。もっと観察して、最後まで描き上げることができたはず」と言われたこと。自分は終わったと思っていても「もっと見ろ!」と言われるんです。もう描く所なんて無いと思うのに、さらに見て描く。しがみつくというか、粘りみたいなものを勉強させてもらいました。
初めてマンガを描いたのは同人誌
今はもう辞めてしまいましたが、デザイン業務やイラストを描きながら10年くらい働いていました。働いている当時、私が大のマンガ好きと知っている友人に「マンガ、描いてみないの?」と言われていましたが、なんとなくそのまま過ぎていました。でも、同人誌を出している友人と一緒ならページ数も少なくて済むし、責任感が生まれてやる気になるかも! と思い立って最初の同人誌をコミティア(オリジナルジャンル限定の同人誌即売会)に出してみたんです。これが初めて描いたマンガですね。
「いいものが出来た!」というわけでもなく「ああ、終わったな」という感じです。手探りで描いてみて、コミティアに来た人が買ってくれるのがすごく嬉しかったです。そこで、のちにお世話になることになるITANの編集さんに声をかけていただきました。
別の同人誌の中には自画像の原型も。この時はこのマンガのためのキャラクターだった。
その時は名刺をいただいただけで何も進展はありませんでしたが、2009年11月に出した二冊目の同人誌「mabatakihasorekara」を同じ編集さんが買っていかれたんです。帰り際に「これをスーパーキャラクターコミック大賞に出していい?」と聞かれて、私も軽いノリで「どうぞー」と答えたら、ある日「大賞です!」という電話がきて……その時はよく意味がわかりませんでしたね(笑)
はい。今は隔月連載で余裕が無く同人誌は出せていませんが、続けている友人はいるのでコミティアが開催されるとみんなに会いに行っています。本当に元気をもらえますね。私の他に商業誌デビューした友人もいますし、元々プロだった方もいます。色々なつながりに支えてもらっています。
ITANの壱号にも掲載された「ファトマの第四庭園」。衣服の緻密な描き込みに魅了される/『地上はポケットの中の庭』より。
マンガは模索しながら描いている
うーん、そうかも? 散漫に描くのではなく狙いを絞って、というのは言われたことですし意識しています。マンガは1ページで平面構成の要素もありますしね。モチーフが目の前にあれば詰めて描けますが、マンガはそこに無いものを描くことも多いので、それが大変かもしれません。
コミックスの装丁は全て本瀬智美によるデザイン。親しい友人ということもあり、装丁は相談してもらいつつ進めた。
全然素晴らしくはないですよ、できてないことばかりです! まだまだ暗中模索しています……。私はコマが割ってあってその中にギュッと絵が入っているマンガの形態が好きなようです。色々試したり考えることはありますが、自分の好みでやっているだけかも。でも、読みやすく混乱させないコマ運びにはなるべく気をつけています。
木、花、蔦、特に楽しいのは手。手は描いていて楽しいです。手と髪の毛はフェティッシュに好きです。逆に苦手なのは建築物。パースペクティブがきちんとしていないと、傾いて見えちゃいますもんね。家など建物を描く時はアタリとなる3Dを簡単に作ってから、それを下書きにして描くこともあります。パースをとるのも、空間認識も昔から弱くてですね(苦笑)。
まずはA5のコピー用紙に1枚につき1ページとして鉛筆でネームを描いて、スキャンしたものを担当編集さんに送ってチェックしてもらっています。GOサインが出たら、スキャンした状態のネームを123%に拡大後、プリントアウトしてライトボックスの上で原稿用紙に写して青のシャープペンシルで下書き、それをペン入れしスキャン、最後にコミックスタジオ(マンガ制作ソフト)でトーンを貼り仕上げています。
田中さんは「本当は毎日9時間くらいは寝たい」と、かなりのロングスリーパーのようだ。好きな食べ物はチョコレート、嫌いな食べ物はバナナ。
私は「たくさんの人に自分のマンガを読んで欲しい」と思っていて、これまでは女性読者が多いのかなと考えていました。でも、2013年5月に新宿で催して頂いた『千年万年りんごの子』のサイン会では性別を問わず、しかも若い方から年配の方まで、色々な方に来ていただけて本当に嬉しくて。もっともっと多くの方に自分の作品が届いたらいいなと思っています。
ありがとうございました!
今回のインタビューに際してオリジナルイラストを描いていただきました。
(AYAKA KAWAMATA)
協力:HAPON新宿 http://hapon.asia/shinjuku/