たとえば日本橋ヨヲコのバレーボールを題材にした『少女ファイト』(講談社)。主な登場人物の大石練は、小学校時代のトラウマが影響で、友人を作ることに不安を持っている。その練が、かつて自分の言葉で勇気をもらった小田切学と高校で再開し、小田切や幼なじみ、先輩や同級生との交流を通じて、徐々に人とつながることのうれしさを思い出していくのが基本的なストーリーだ。
だが人間関係の機微をうまく描く日本橋は、一人の人間の成長譚で終わらせない。男女の恋愛、友情、兄弟姉妹の関係、親子関係や先輩後輩などあらゆる人間関係を物語の中に重ね、味わい深い群像劇に仕上げている。結果、誰一人として「サブキャラクター」になっていないのだ。ほとんどの登場人物が自分なりのストーリーを持っており、あるキャラクターの抱える問題が解決することが、ほかのキャラクターの考えを変えるなど、複雑なストーリーが展開される。
根底に流れるのは、人が本能的に持っているのであろう「人から頼りにされたい」「人に必要とされたい」という思いではないだろうか。その思いが、あたかもバレーボールの球のようにキャラクターの間をいったりきたりするようにもみえる。
日本橋独特の切り絵のような力強い絵柄が、キャラクターが突き放されたり理解されなかったりするときに生じるひりひりした緊張感を強く訴える。一方で、キャラクターの表情と台詞 をちぐはぐにしたり、あえてキャラクターの思いを台詞にしなかったりすることで、読者の想像力に多くを委ねているようにもみえる。想像を通じて読者も キャラクターと同様に、人と深くかかわりたいと思っていることに気づかされるのだ。
登場人物はみな、何かがかけておりそれを埋めようとするが、そのためには一度自分のすべてをオープンにすることが必要だ。その自己開示をする場として、参加者全員が共通の目的を持ち、全力を尽くさなくてはならないスポーツは最適なのだろう。
さらには高校生ならではの「チーム内の温度差」に触れることで、キャラクター同士が理解を深めることに説得力を持たせている。「チーム内の温度差」は最近のスポーツマンガの特徴の一つともいえ、『おおきく振りかぶって』『ダイヤのA』などでも描かれている。
確かに中高生であれば、部活に参加する生徒には温度差があって当然だ。プロになる選手もいれば、体力をつけるためにはいった人もいるだろう。『スラムダンク』や『キャプテン翼』(ともに集英社)など1990年代までのスポーツマンガは、いい意味でシンプルだった。目標は優勝で、キャラクターは練習でぶつかる壁を乗り越える方法や、ライバルに勝つ方法を考えていた。
これに対し、『少女ファイト』では、卒業後も意識し、監督は勉強や生活態度も部員に意識させる。その上で目標を設定し、全員がそのために全力を発揮できるようそれぞれがかかえる事情を徐々に解決していく。この方法は、ビジネスパーソンが仕事上で プロジェクトを進めるうえでも参考になる手法ではないだろうか。
日本橋はどんな作品でも、キャラクターに寄り添い、複数のキャラクターの人間的な魅力を描き出し群像劇にまとめあげている。チーム内の温度差など現実的な側面を織り込んでいることも骨太な物語となる理由だろう。
日本橋の痛みすら感じさせる人間関係を描く世界に向き合うことで、自分の中に沈む思いを自覚したら、ぜひ『G戦場ヘブンズドア』(小学館)や『極東学園天国』『プラスチック解体高校』(ともに講談社)もぜひ読んでほしい。