「修斗」を通していまの若者像に迫る、格闘マンガ

一人の人間が生み出すマンガは、しばしばその時代を切り取ったり反映したりすることがある。特に物語の中心となる主人公は、各マンガ家が思い入れを持って自分なりの人物像を作ろうとする一方、そのときどきの読者が共感しやすい性格となることが多い。マンガの読者の若者が無理なく共感できる主人公となるのだ。

たとえば格闘技マンガ『オールラウンダー廻』。主人公の廻は高校生。美術部に所属しているが、「世の中が不況なので何か打ち込めるものがないとヤバい」「小学校の頃だけ空手をやっていた」との理由で、総合格闘技「修斗」を始めた。

修斗は「打・投・極」をコンセプトにした現実に存在するプロ化している格闘技。アマチュア修斗に入門した廻は、「今は楽しくやれていればいい」と思いながら、半年後にはアマチュア修斗ライト級に勧められるがままに参戦。その後は、プロ修斗の練習にも参加して、プロを目指すこととはどういうことかを考え始める。

このマンガのおもしろさは、主人公の「低温状態」だ。これまでの格闘技マンガの主人公は熱血漢だったり格闘技への情熱を持っていたりした。1993年〜2003年まで連載され、今も続編が描かれている「高校鉄拳伝タフ」の主人公キー坊は、灘神影流活殺術の第15代目継承者として世界最強の選手になって自分なりの灘神影流を作り上げるという目標を掲げている。

これに対し、廻はプロを目指しているわけでもないし、周囲の人間や読者を魅了する華麗な得意技も持たない。格闘技を選択する必然性も勝利へのこだわりもないのだ。廻は次第に修斗にはまっていくが、そのはまり方も気負いがない。他人から指摘されて、格闘技が好きということに気付き、勝利して初めて勝つことも良いものだと思う。目標も常に手の届くところにあるもののみで、大きな目標は抱かない。

廻の受け身な性格と無理のない動機は、「追いつき追い越せ」が至上命題だった団塊世代やバブル世代には物足りないかもしれない。だが、これは今の若者像に非常に近い。修斗を楽しみながら、小さな目標や満足を見出し、その世界にいることの幸せに気づく。ある世界に自分の居場所を見つけていき、着実に成長して次のステージに進んでいく姿こそ、現代の若者が目標とするものなのだろう。現実世界でも廻のような若者を、「気合が足りない」と退けるのではなく、これまでとは違う目標を持っているのだと理解する必要があるようだ。

文=山内康裕
1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 イベント・ワークショップ・デザイン・執筆・選書(「このマンガがすごい!」等)を手がける。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」「アニメorange展」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)』、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊(文藝春秋)』等。