1980~90年代、全国の少年少女を魅了したマンガ「ドラゴンボール」がいままた日本で人気を集めている。きっかけは原作者の鳥山明氏が原作・ストーリー・キャラクターデザインで参加した17年ぶりの新作映画「ドラゴンボールZ神と神」の上映。主人公の声優をつとめる野沢雅子氏が「キャラクターもストーリーも往年のファンを裏切らない」というように、20年以上前の作品がいまでも通用するのはなぜか。展覧会の原画や作品を見ていると、洗練された絵柄、時代や国境を超える世界設計が大きいのではないかと思う。そしてこのエッセンスは確実に、「NARUTO」など現代の少年バトルマンガにも継承されているのだ。
ドラゴンボールは鳥山明氏が1984年、週刊少年ジャンプで連載を始め、1995年に最終回を迎えた。ジャンプが600万部を超える販売部数を誇った時代を支えた作品のひとつだ。どんな望みもかなう伝説の宝物「ドラゴンボール」を探す冒険物語であり、主人公の孫悟空の成長譚でもある。連載開始当初はギャグテイストが強かったが、徐々に強い敵が増え、「少年バトルマンガ」となった。
新作映画の公開を記念した展覧会「鳥山明The World of DRAGON BALL」では、懐かしいコミック原画200点が用意され、東京会場には多くのファンが訪れた。(4月までに東京・大阪で開催されたほか、7月には名古屋でも開催予定)孫悟空の登場シーン、フリーザとの戦いのシーンなどどれも原画を見ているだけで物語を思い起こさせ、わくわくしてくる。
東京の会場で改めて原画や翻訳版をみると、鳥山氏の描いたドラゴンボールが世界中で受け入れられた理由が見えてくる。1つは国境を越える世界設定だ。ドラゴンボールは中国の小説「西遊記」に近い中華的な世界観をベースにしながらも、海の近く、砂漠、街中へと広がり、地球上のどこの国と特定させない描き方がされている。特に連載が始まった初期のころはその傾向が強い。孫悟空が住んでいるのは中華風の家。でも海の近くに行くと、木造の洋風の家に。広大な大地、個性的な造形のメカニックのあふれた都市。様々なカルチャーがミックスされた様子が背景画を見ているだけで実感できたのだ。だからこそ、世界中の読者が「違う国の話」ではなく「近くにあるかもしれない国の物語」として、入り込むことができたのではないだろうか。
もちろんキャラクターの魅力も大きい。登場人物の顔は基本的に、1本のシンプルな線で輪郭が描かれている。1本の線にいろいろな意味を込めて描くのは、複数の線を使うよりも難しく集中力がいることなのだそうだ。この線で鳥山氏がキャラクターを描いた結果、それまでのマンガ作品にはない垢抜けた造形を持つキャラクターが生まれた。「実録少年マガジン編集奮闘記」では「鳥山明らジャンプの新人たちがかくマンガは週刊少年マガジンが築き上げてきたものとまったくちがうとおもった」とかかれている。それは物語の作り方はもちろん絵柄の違いも大きかったのだろう。これは鳥山氏のデザイナーとしての能力も影響しているだろう。あるデザイナーの友人は、「構造からとらえて人物を描いている」と指摘する。鳥山氏は元グラフィックデザイナーであるため、キャラクターの感情や音を表現する擬音についてもグラフィック的な仕上がりを意識しているようにみえるそうだ。鳥山氏自身も「マンガ脳の鍛えかた」(集英社)内のインタビューで、「デッサンをたくさん描いたりした」と答えている。それまでのマンガ家はマンガや絵画を見ながら絵を描く力を鍛えていた。それに対し鳥山氏がグラフィックデザインの素養を持ってマンガの絵を描こうとしたことで、全く違う系統の「マンガ絵」が生まれたのだ。
その絵の力は読みやすさにもつながっている。鳥山氏は「神は細部に宿る」を実践し、自動車のタイヤの溝の一本一本や、神龍のうろこの一枚一枚、洋服のしわまでまで書き込んでいた。洋服や自動車や飛行機などの機械類などどれをとっても「実際にありそう」と思わせるほどディテールが細かいものだった。天下一武道会のシーンでは、きちんと観客まで描かれ、いかに試合が盛り上がっているかが表現されていた。だがそれでいて、コマの中の情報は多すぎない。ある種、あまり絵を描くことにこだわらず、過不足ない量で抑えていたからこそ、テンポよく読める作品として世界で受け入れられたのだろう。
このコマの配置も、テンポよく読める要素の一つだ。「マンガ脳の鍛え方」のインタビューでは「コマの構成を斜めにしたり大小、変化をつけたりします」と答えている。1ページのコマの数は4~5コマ、1話の終わりは次につながる印象的なコマを置いて終わる――少女マンガなどの一コマが「静」ならば、鳥山氏の一コマは「動」。全体的にコマの中もコマとコマの間もアップテンポな時間が流れているように感じられる。
マンガ評論家の南信長氏は「現代マンガの冒険者たち」の中で「ビジュアルの変革者」という系譜で、鳥山明を取り上げている。「手塚治虫のマンガ的表現にアメコミを加えたスタイリッシュな絵柄」とのこと。「冒険ファンタジー系の作品をかいている作家はすべて影響を受けている」としている。その証拠に、鳥山氏のキャラクターは登場から20年以上たった今、最新のマンガのキャラクターと並んでも遜色ない。映画の公開を記念して、同じ週刊少年ジャンプで連載中の「トリコ」や「ONEPIECE」のキャラクターと一緒に登場するアニメが放送されたが、はまったく違和感がなかった。「宇宙戦艦ヤマト」など過去の作品をリメイクするさい、キャラクターをデザインし直すのとは対称的だ。
垢ぬけたキャラクター造形、無垢で純粋な主人公、ペット的な脇役の配置、ギャグとシリアスなシーンのバランス。さらには鮮やかな色使い――ドラゴンボールを構成する要素を考えると、マンガ「ONEPIECE」や「NARUTO」がドラゴンボールの確立したフォーマットを継承していることがわかる。それほど鳥山氏の残したモノは大きかったのだ。
今年3月末に公開された「DRAGON BALL Z神と神」は公開から23日間で動員数200万人を突破。興行収入は後悔から15日間で20億円を超えるなど、4月時点で、2013年公開の映画としては最速だ。映画館には、原作を連載で楽しんでいた世代だけでなく、子供の姿も少なくなく、「♪CHAーLA HEAD-CHA-LA~」とテーマソングを歌っていた。昔の子どもをわくわくさせたドラゴンボールは、そのままの姿で今の子どももわくわくさせ続けている。