新しい革袋には新しい酒を

793-pc-mainスマートフォンの普及、相次ぐタブレット(多機能携帯端末)の発売—マンガを楽しむ媒体も、主流の紙にデジタル機器が加わりつつある。デジタル機器で読めるマンガは今、紙のマンガの電子化が多いが、デジタル機器ならではの作品も登場しつつある。メディアにあわせて進化してきたマンガが、一段の成長をすると期待したい。

『西遊少女』(萱島雄太著)は2012年8月、ウェブ本棚サービス「ブクログ」が運営する個人出版サイト「バブー」で発表された。ベースは中国の大衆小説「西遊記」と見られ、「少女」の三蔵法師、悟空らが天竺を目指す珍道中を描いている。

私はこの作品を、東京・下北沢の書店「B&B」で開催されたトークショーで知った。トークショーの中では「寒色と暖色をきれいにくみあわせ、コマ割りが自然にわかる色使い」「スクロールすることで、悟空の武器の如意棒が伸びる様子がすごくよくわかる」と評価されていた。

実際登録して読んでみると、スクロールで画面が流れていく雰囲気が新鮮だ。キャラクター作り、話の展開という基本を抑えつつ、「スクロール」といういわば新しいページの動かし方に合わせて、絵柄を動かしている。例えば、空の高さ。大きさが限られる紙の雑誌では、どんなに高く突き抜けたようにかいても限界があるが、ウェブ上では、いくらでも縦にコマをのばすことができるため、空はどこまでも高くきれいに表現されている。また空の色も、白から水色へと微妙に変化させている。またオールカラーだが、前述のように、桃色や赤色など暖色系の絵柄の次は、茶色や青色など寒色系の絵柄のコマを持ってくるなど工夫している。どれも淡い色使いなので、画面がうるさくない。

実はスクロール形式で読むマンガには先行例がある。韓国のマンガ市場だ。インターネットが普及し、紙のマンガが減った韓国では、「ウェブトゥーン」というスクロールで読ませるウェブマンガ市場が広がった。新作マンガの発表がウェブマンガ中心になるなかで、よりネットで読みやすい形態が追求された結果ではないだろうか。

NHNJapan執行役員広告事業グループ長の田端信太郎氏はその著書『メディアメイカーズ』のなかで、「メディアが変われば、メディア上の流布するメッセージ内容やコンテンツも変わらざるを得ない」と指摘。その例として、音楽がレコードからCDへとメディアを変えたときのメロディの変化を説明している。

かつて、「iモード」など従来の携帯電話向けマンガ「ケータイコミック」が隆盛だったころには、携帯電話の画面にコマの大きさをあわせた『マスタード・チョコレート』などが読者の心をつかんだ。携帯電話のという小さな画面の制約のなかで、紙の雑誌の少女マンガなどのようにコマ割りで登場人物らの心情が表せない。だからこそ、登場人物らの顔はコマの多くの面積を占め、目や口の動きと言った細か動きで心のうちを表していたのだと思う。それを紙のコミックスにしたときも踏襲していた。コマを自由自在な大きさで描く紙の雑誌のマンガに比べるとシンプルなコマ割りにみえるが、コマ割りがシンプルで余計な動きがないからこそ、かえって登場人物らの細かい表情や動きが、セリフに集中でき、感情移入できるのだ。

思えば紙の体のなかでも新聞紙面上の1コママンガの時代から、新聞の4コママンガ、マンガ雑誌とメディアにあわせて細かくコンテンツを変えてきた。発行ペースや読まれる場面などに合わせて、それぞれの媒体の読み手がおもしろいと思う作品を作り出してきた。メディアのデジタル化が進む中、既存のマンガの電子化も魅力的だが、せっかくだから新しいメディアにあうコンテンツが生まれてきてほしいものだ。

関連サイト
『西遊少女』(萱島雄太/パブー)無料サンプル号
ウェブトゥーン(NAVERより)
『マスタード・チョコレート』(広報資料より)

文=bookish
1981年生まれ。「ドラえもん」「ブラック・ジャック」から「週刊少年ジャンプ」へと順当なまんが道を邁進。途中で「りぼん」「なかよし」「マーガレット」も加わりました。主食はいまでも少年マンガですが、おもしろければどんなジャンルも読むので常におもしろい作品を募集。歴史や壮大な物語をベースにしたマンガが好み。マンガ評論を勉強中。マンガナイト内では「STUDIOVOICE」のコラムなど書き物担当になっています。マンガ以外の趣味は、読書に舞台鑑賞。最近はサイクリングも。