帰属意識は“路線”に宿る

この3月に東急東横線渋谷駅が移転した。

地上から地下5階へ。この歴史的移転をひと目見ようと、地上での営業最終日は東横線渋谷駅が人でごった返し、駅長による挨拶に涙した人も多かった。普段何の気なしに駅を利用していても、この変化に寂しさを覚えた人が大勢いたのだ。

渋谷駅移転について、一連の人々の反応やニュースを見ていると、東京に住んでいる人は無意識に電車や駅、それらを包括する路線に帰属意識を抱き、帰属している路線を愛しているように思う。東京そのものに帰属意識を持っているわけではなく、「地域」よりもさらに細分化された「路線」が対象だ。

たとえば、初めて会う人と「どこに住んでいるか」という会話で盛り上がるのは、地方では間違いなく「市」区切りである。同じ市であれば親近感がわき、そこから出身中学や高校の話題にうつるのに対し、東京で盛り上がるのは「どの路線に住んでいるか」である。居住地区が近くても異なる路線沿いに住んでいるより、地図上では離れていたとしても同じ路線の方が、話が盛り上がる場合が多いのだ。

この帰属意識を人物の心の揺れ動きや成長へと結びつけ、物語へ発展させたマンガがある。『鉄道少女漫画』(中村明日美子/白泉社)は、鉄道ファンに向けた純粋な“鉄道マニアマンガ”ではなく、「鉄道を舞台とした登場人物の日常」に目を向けた鉄道漫画だ。

鉄道が好きな主人公を描いた『名物!たびてつ友の会』(山口よしのぶ/白泉社)『鉄子の旅』(菊池直恵/小学館)など、従来からある「鉄道」そのものへの愛を強調したものとは、毛色がまるで異なる。また、鉄道漫画は、鉄道好きな男性が多い男性誌で出されるのがセオリーだが、少女漫画誌で掲載されているのも特徴といえる。

話を戻して、東京に住む人々の帰属意識について考えたい。なぜ東京に住む人々は、地域ではなく路線に帰属意識をもつのだろうか。

多くの人が移動に電車を利用するため、地域や道路よりも電車の方が生活になじんでいるという点はもちろん、それ以外にも理由は二つある。

一つは電車の特徴である「共有する空間」にある。車で移動する場合、同乗者がいなければ一人の空間で目的地へたどり着くため、だれかと空間を共有することがない。一方、電車は出発地から目的地まで誰かと共有しながら進んでいく。そのため、地方では誰かと共有する空間=「地域(市や町など)」となるのに対し、東京は路線に集約されるのだ。

次に、東京では地域単位ではなく、路線ごとに個性があるからだ。東京にはさまざまな路線があり、蜘蛛の巣状にレールが敷かれ、あらゆる方向へと電車が走っている。停車駅も乗客の“色”もバラバラであり、たとえ同じ駅を停車駅にもつ路線だとしても一方は高級住宅街を走り、一方は郊外に抜ける路線であったりと非常に多種多様のため、一つひとつの路線に個性が生まれている。帰属意識が地域に生まれるのではなく、路線に生まれるのはこのためだ。

東急東横線渋谷駅の件だけでなく、小田急線東北沢駅〜世田谷代田駅が同じく3月に地上から地下3階へ移転する際も、駅舎の最終営業日に人々がつめかけ、ニュースで大きく取り上げられた。気づかれることのなかった帰属意識が、駅舎移転というイベントよってあらわになったといえる。この一連の出来事によって、読者の心をつかむ「鉄道漫画」の存在はより色濃くなっていくのではないだろうか。

『鉄道少女漫画』は都心の新宿から観光地として名高い箱根湯本、またデートスポットとして知られる片瀬江ノ島まで通っている「小田急線」を舞台にした短編集の漫画である。

物語は実在する小田急線の駅を舞台に進行していく。地下/地上なのか、急行は停車するのか… こうしたリアルのエッセンスがマンガの中にちりばめられている。髪の毛一本一本まで美しい繊細な描写と、その細やかさの中に描かれる軽やかな空気感は、小田急線沿いに住み日々を送る登場人物たちに、そこに住んでいなくともノスタルジックな感慨と、そして同族意識に似た愛おしさすら喚起させる。これこそが『鉄道少女漫画』が他の鉄道漫画と一線を画す部分だ。

東急東横線渋谷駅は、駅舎移転によって東京メトロ副都心線と接続し秩父や川越まで1本で行けるようになった。ここでどんな帰属意識の変化が起きるのだろうか。それはこれから楽しみな部分であり、これを題材にした鉄道漫画もいつか出てくるのでは、という期待に胸がふくらむ。

東京の路線は少しずつ変化していく。そのたびに私たちの帰属意識のありかも変化していく。今日、自分と同じ電車を利用している同乗者の日常ドラマに、思いをはせてみるのもいいかもしれない。

(kukurer)

関連書籍
新刊『君曜日—鉄道少女漫画2—』(白泉社/1月発刊)
『鉄道少女漫画』に収録されている「木曜日のサバラン」のスピンアウト作品。