架空と現実の境界線を曖昧にしていく最上のテーマは、「インターネット」といえるだろう。
筒井哲也の『予告犯』では、インターネットを使った劇場型犯罪が描かれている。
新聞で作った覆面をかぶり「明日の予告を教えてやる」と画面の向こうの無数のユーザーに犯行予告をする「シンブンシ」。
その予告の内容は、明らかな法律違反ではないもののモラルに反することをしていた者に対する「制裁」予告。予告通りの事件が起きると、シンブンシは社会悪をこらしめる覆面のダークヒーローとして、全国の注目をさらうようになる。
それに対し警視庁のサイバー対策課・吉野絵里香は、明晰な頭脳と分析力、隙をゆるさない冷徹さで犯人たちを少しずつ暴いていく、というのがこの作品の物語。
犯人たちの過去、犯行の手口や動機、追いつめる警察側の推理などが細かく描かれ、読者は犯人・警察どちらの角度からも読み進めることができる。
今度は、現実世界でのネット犯罪をみてみよう。
最近起こったネット犯罪は「遠隔操作ウイルス事件」。これも犯人からのメールが大きく取り上げられた劇場型犯罪だったが、その動機は未だに不明瞭で、かつ警察が誤認逮捕する事案が起きるなど、さっぱり解決とは言い難い。
大きなニュースにはなっていなかったが、3月に欧州ではネット崩壊の危機といわれるほどのサイバー攻撃が発生していた。史上最大規模のDDoS攻撃は、ネットの根幹を揺るがすものとして衝撃を与えた。
また、2010年以降のネット犯罪は人間の感情を組み込んだものに変化を遂げた。
昔ながらのネットの脅威といえば、パソコン内のデータを破壊したり、書き換えてしまうものなど、愉快犯的なものが多かった。
現在では、明確に金銭の詐取を狙ったものが多く、手口も巧妙化している。
さらに、SNSの台頭によって知人・友人関係の「信頼」を利用した脅威が顕著だ。
Facebookでは友達の書き込みだと思ってクリックした途端、勝手に自分のウォールにも書き込みが行われ、意図せずウイルスを拡散する加害者となってしまう事例も発生している。
しかし、これほど高度化したにも関わらず、見たり聞いたり触ったりできるものではないのもあり、それが脅威であるという実感を得にくい。
生々しい自動車事故の現場なら、万が一自分の身に起こったら…と想像を掻立てるものがあるが、ネット犯罪はニュースで騒がれていても、自分の身にふりかかった時のことは想像しにくい。
欧州で発生した“ネット崩壊の危機”も、本来ならより衝撃的な出来事だったはずだ。
興味深いことに、日本のセキュリティソフト導入率は世界トップクラスで低い。これは自分が被害に遭った時の姿が想像しにくいからではないだろうか。
そして、ネットで起きていることはやはり「フィクションっぽい」のではないだろうか。
話を『予告犯』に戻すと、登場人物の過去や説得力のある犯行動機、手口などを細かく描くことが可能なのはマンガであり、架空だからこそ、である。
だが、現実のネットでおきる犯罪のほうが、明らかにならないまま忘れられたり、被害に遭っていることすら実感できなかったりと、遠い世界のものになってしまっている。
現代ならではの、現実とマンガの逆転現象が起きているのだ。
関連サイト
「ジャンプ改web」